【花まるコラム】『パスタ』小林駿平

【花まるコラム】『パスタ』小林駿平

 今年度も授業がはじまりました。今年はどんな一年になるのだろう、子どもたちはどんな成長曲線を描いていくのだろう、と期待で胸がいっぱいです。

 花まるが大事にしていることの一つに「作文」があります。作文を書く時間を特別なものと思わず、当たり前のものとしてとらえてほしい。自由にその子らしく、ありのままに表現できるようになってほしい。そんな想いを込めて作文指導をおこなっています。1年生は2学期から作文を書きはじめます。
 低学年の時期は、「書くことの楽しさを味わうこと」が一番の目的です。高学年の時期は、書いた作文を推敲し、言葉の力を磨くとともに、自身の内面に目を向け哲学へと発展させていきます。最終的には「自分の考えを呼吸するように書く」ということを目指しています。

 楽しさを味わう、呼吸をするように書く――。初めて作文を書く子どもたちにとって、簡単なことではありません。「今日はこんなことを書くんだ~!」「もうおうちで書くことを決めてきたんだ!」と嬉しそうに書きはじめられる子もいますが、なかなか鉛筆を動かせない子もいます。

 2年生のAくんは、3分経っても5分経っても鉛筆を動かすことができません。普段から口数は多くなく自分の世界に没頭し、黙々と目の前のことに取り組む子です。こちらから話しかければ自分の考えや感じていることを話すものの、自ら進んでコミュニケーションを図ることはあまりありませんでした。
 今日もやはり手が止まります。何事にも一生懸命なAくんは「書くことなんて思いつかないもん!」と投げやりになってしまうようなことはありません。ただ、ひたすらに目の前の真っ白な作文用紙をじっと見つめて固まっています。
「A、書くこと思いついた?」
「…ううん。思いつかない」
「今日あったできごとにする?」
「……」
「好きな遊びとかスポーツとか学校の授業とかはどうかな?」
「……」
「これを書かなきゃ!ということはないんだよ。書きたいことをそのまま言葉にしてみようか」 
「…… 」
そんなことを言われても思い浮かばないものは思い浮かびません。

 Aくんの表情を見ていると「ぼくだって書くことがあれば書きたいよ……」という心の声が聞こえてくるようでした。何事にも一生懸命で、「ぼくはこうありたい」という強い想いを持っているAくんです。きっかけさえつかめばきっと自分の想いを言葉にして綴ることができる、そう思って最後にもう1回だけ質問をしました。
「A、お母さんが作るごはん、何が好き?」
じーっと強張った表情で作文用紙を見つめていたAくんの口元が一瞬緩みました。それから30秒ほど経った頃でしょうか、顔をあげて、はにかみながら一言。「…パスタ」

 その日、Aくんの書いた作文がこちらです。

「ぼくは、おかあさんがつくるたらこパスタがせかいで一ばんだいすきです。いそがしいときも『すぐにつくるね』といってエプロンをします。」

 はじめて書いたAくんにしか書けない作文が、お母さんへの愛が詰まった作文が、ついに完成しました。

 次の週。またAくんは少し困った表情を浮かべています。私が近寄ろうとすると、ニヤリと笑い一言。「大丈夫だよ。今日は書くこと決まってるんだよ。できたら見せるからまだ来ないで!」

 どんな子も書きたいことがないわけではないと確信しています。表に出すのが怖いだけ、受けいれてもらえるかが不安なだけ。どんな子も必ず自分の想い、確固たる芯を持っています。その芯を信じて、ときに言葉を引き出し、伴走していきます。そしてその子からあふれ出た言葉を全身で受け止めようと思います。

 書くことが大好きな子に育っていきますように、自分の言葉を信じられる大人に育っていきますように。そんな気持ちでこれからも作文の時間に向き合ってまいります。

花まる学習会 小林駿平(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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