【花まるコラム】『作文論争』豊田星那

【花まるコラム】『作文論争』豊田星那

 「書いてみる?」「かけない!」
 「好きな食べ物はある?」「…しらない!」

  Mくんと私の、毎週のお決まりの勝負。お互い譲らない勝負です。…その結果は、数か月私が白星をあげることはありませんでした。これは、Mくんと私の半年間に及ぶ作文論争の様子です。

 花まる学習会では、子どもたちは毎週の授業で作文を書きます。楽しかったこと、悔しかったこと、好きなもの、将来の夢。感じたことをそのままに、文字にする時間。大事にするのは形式ではなく、子ども時代の素直な心。1行でも2行でも想いが詰まっていれば、それは素敵な作文です。1年生が作文を書きはじめるのは夏期授業の最終日。Mくんは、その日から断固として作文を書こうとしませんでした。唯一、作文用紙を前に鉛筆を握ったのは、11月の作文コンテストのとき。じゃんけんに負けて、いやいや文字を綴った1回きりでした。文字が書けないわけではなく、興味がないわけでもない。でも、なんとなく書けない。書きたくない。意地の張り合いが続きました。

 作文論争が始まってから約5か月。今年度も終わりを迎えようとしていたとある日のこと。それは作文コンテスト冊子の配付日でした。子どもたちは配られた作文コンテスト冊子に興味津々。同学年の子がどんな作文を書いているのか、知り合いは入賞しているのか、どの子も食い入るように見ていました。…が、ほんの3分ほど経つと、ほとんどの作文コンテスト冊子はかばんのなかにしまわれるものです。そのなかで、一人だけ作文コンテスト冊子を読んでいる男の子がいました。

 「…M、おもしろい?」
そう聞くと、こくりと頷きます。外の世界をシャットダウンしているかのように、作文を読むことに没頭している姿がありました。…と思うと、
「先生、これはなんて読むの?」
と読めない漢字を質問します。教わると、また自分の世界に入り作文を読んでいるのです。その日はなぞぺーを一目散に終わらせて、作文はやはり書かずに、作文コンテスト冊子を熟読していました。

 場面は変わって、算数プリントを解いているとき。1年生の文章題にきょうだいの年齢の合計を答える問題がありました。するとMくんに、
「先生、13さいって、何年生?」
と質問をされたのです。
「13歳は中学1年生か2年生かなぁ」
と答えると、Mくんは問題文を読んで、
「へ~、じゃあ1年生と中学生か。このきょうだい、年がはなれているね~」
と笑っていたのです。Mくんは、自分なりにいろいろと考えて読んでいるのだな、と思いました。と同時にこの子は絶対に花が開く、そう確信したのです。それまではこちらが急かさずに待っていよう。そう心に決め、作文論争に終止符を打とうとした3月某日。Mくんの花が開く日が訪れたのです。

 文章に興味をもっていることをMくんのお母さまに伝えたところ、
「今日は作文のテーマを決めて花まるに行きました! 帰ってきたらママにも読ませてね! と言って送り出しました」
と返信をいただきました。
「M、今日は作文のテーマを決めてきたの?」
と教室に着いたMくんに聞くと、目を輝かせて、
「すきなたべもののことをかくんだ!」
と鉛筆を握りました。初めて自主的に書いた作文には、いつもよりも立派な字が。お母さまはMくんをたくさん褒めて、作文は記念に飾ってくれたそうです。

 信じて待ち続けてくれる人。芽を摘まずに花が咲くまで水を与えてくれる人。大きな花が開くきっかけは、大好きなママの存在。

 この成功体験はMくんにとって大きな大きなで出来事となりました。それからというもの、作文論争どころか「作文を書きたい!」と誰よりも先に机の上に作文用紙を出すMくんの姿があるのです。

花まる学習会 豊田星那(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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