【花まるコラム】『たらふく』生駒春佳

【花まるコラム】『たらふく』生駒春佳

 花まる学習会では、子どもたちを「メシが食える大人」に育てる、という理念を掲げています。「メシ」と言えば、私にはお気に入りの喫茶店があります。お店の扉を開けると、ソファーにもたれかかりながら新聞を広げている店主が目にとまります。テーブルの上には決まって飲みかけの牛乳が置いてあり、それを見ると無性に牛乳が飲みたくなります。一段とおいしそうに見えるのです。
 そのおじちゃん店主は、私に気がつくと面倒くさそうに目玉だけをこちらに向け、「いらっしゃいませ」もなく「はい2階にどうぞ〜」と気の抜けた声を出します。こんなにも「無愛想」という言葉が似合う人は見たことがありません。初めて入店したときは少し戸惑いましたが、次第に「喜び」に近い感情がこみ上げてきました。うまく言えないけれど、「ああ、こういうのを求めていた!」と感じたのです。

 お店には、パスタやピザ、グラタンなどさまざまなメニューがあります。「お店の味」というより「家庭の味」で、驚くほどおいしい! というわけではありません。しかし、すべてが大きいのです。とにかく、大盛りです。初めてジェノベーゼを頼んだときはその量に目を丸くしました。そして生駒家の「残さず食べる」という教えを守れずパスタを残してしまいました。あまりの悔しさに、お会計の際にアルバイト学生と思われる方に「量が多くて残しちゃいました。ごめんなさい!」と伝えると「多いですよね~! 食べきれなかったらお持ち帰りもできるので、次回からぜひ」と言われました。早く教えてよ〜! という思いを抑えながら帰宅後インターネットで調べてみると、1954年創業以来「学生にお腹いっぱい食べてほしい」という思いから大盛りにしているとのことでした。まさに昔ながらの喫茶店。その気前のよさに「また行こう」という思いが自然と生まれました。
 また、ここでは店主ではないもう一人のおじさんが結構な声量でアルバイト女子学生とおしゃべりをしています。それがまた最高におもしろいのです。
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「Aちゃんさ、そんな髪してるけれどバンドとかやってんの?」
「え、やってるわけないじゃないですか! というか昨日も同じこと聞いてきましたよ!笑」
「Aちゃんさ、あのグループのYouTube見た?」
「あー! まだ見ていないです」
「ほれ、これよ! これは見なきゃだめだぜ若者!」
~YouTube動画視聴~
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 学生さんも「いやいや仕事中ですよ」と笑いながらも楽しそうにしているのがかわいらしく、まるで親戚のおじさんと子どもみたいです。そんなふうに思っていると、木の床がきしむこの喫茶店のなかも、どこかおばあちゃんの家に来たようなあたたかさがあるなと思います。
 夜遅くに行ってもお店には人がたくさんいます。家族連れ、カップル、サラリーマンなどなど。みんな、お腹をふくらませて帰っていきます。帰り際にアメを受け取った子どもは、スキップをしながらお店をあとにします。その光景を見ると私はたまらなく幸せな気持ちになります。

 いまの時代、「安くておいしい」「いい接客」などが当たり前になってきていますが、このお店はお世辞にもそうとは言えません。ほかのお店とはまるで違う次元にいるような、比較できない何かがあります。料金が安いわけでもなく、感動的に料理がおいしいわけでもなく、店主の愛想はむしろ悪いのに、なぜかまた来たい、そう思ってしまうのです。それはおそらく、このお店の土台に「たくさんの人にたらふく食べてほしい」という大きな愛があるからでしょう。ここに足を踏み入れた人はその「想い」に触れ、心が満たされるのだと思います。そう感じたとき、花まるの教室もそのような場所でありたいと思いました。教室に来た子どもたちの心が「たらふく」になるような、そんな居場所に。

 このお店を出るときにふと、子どもたちには将来「メシを食わせてあげられる人」にもなってほしい、そんなふうに思いました。

花まる学習会 生駒春佳(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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