【花まるコラム】『知っている言葉、いつか出合う言葉』柴健太

【花まるコラム】『知っている言葉、いつか出合う言葉』柴健太

 まもなく11か月になる娘が、ようやく、はじめての言葉を口にしました。
 その言葉は、「ぞう」です。娘のお気に入りの絵本に描いてある象を指しながら「“ぞう”は?」と問いかけると、しばらく間があって「ごぅ」と言ったのです。「本当にぞうなのか?」と思う疑わしい発音ではあります。しかし、別の日にも「ぞう!」と言ってみると娘はまた「ごぅ」と言います。それから2、3度同じやりとりができたことを通して「これは“ぞう”と言っているに違いない」と確信をもちました。普段から私たちにとっては意味のわからない言葉を発し続けてきた娘がようやく意味のわかる言葉、そしてこちらの伝えた言葉を言えるようになったことに、しみじみとしたのでした。

 花まる学習会の低学年コースでは「さくら」という教材に取り組みます。読み聞かせをして、その内容にまつわるクイズを出します。精読力、すなわち正確に、一度で読み取る集中力を鍛えるものです。
 ある日のお話は「蛍のお見舞い」という与謝野晶子の作品でした。主人公の花子さんのお見舞いに次々とやってきた蛍たちが花子さんと遊ぶという不思議なお話。物語は、それは夢だったという結末で終わります。「夢から覚めた花子さんは蚊帳のなかにいて、そこにたくさんの蛍がいた」という描写から次のクイズを出しました。
「花子さんは何のなかにいたのでしょうか?」
それを聞いて勢いよく手を挙げた2年生Kくん。「こや!」と自信満々に言いました。でも、惜しい! それならばとほかの子も次々と手を挙げますが、「へや!」「座敷!(文章中に出てきた言葉です)」となかなか正解にたどり着けません。停滞してきた空気を切り裂くように手を挙げたのは3年生のTちゃん。そして「蚊帳!」と一言、みごと正解です。
 Tちゃんに送られる拍手のなかで、どこからか「蚊帳って何?」とつぶやく声が聞こえてきました。そこで、ホワイトボードに蚊帳の絵を描いて説明してみると、「あ! となりのトトロで見た!」と納得した様子。言葉とイメージが合致した瞬間を目の当たりにしました。

 また別の日に読んだのは「天狗笑」という、豊島与志雄の作品です。「主人公たちが住んでいる村はどこにある?」というクイズを出したときのことです。「森のなか…?」「山!」と子どもたちの回答は近からず、遠からず…。山の絵を描いて3択クイズにしたところ正解した子は多かったのですが、「“山すそ”って書いてあったね」と伝えると、「あ~そうだ!」と思い出す子も多くいたのでした。

 この世の中には、たくさんの言葉があります。
 知っている言葉もあれば、知らない言葉、これから知るであろうもの、こちらから触れに行かなければ一生知ることがないものもあるでしょう。知っている言葉のなかにも、意味までわかるものとそうでないものに分かれます。外国語まで広げたらきりがありません。
 言葉を獲得するのは、その言葉のもつイメージと結びついたときなのだろうと、「ごぅ」を知った娘を見て思います。きっと花まるの子どもたちも一緒で、日常のなかでたくさんの言葉に触れ、そしてまだ見ぬ未来で意味を知ったときに「知っている言葉」にしていくのでしょう。
 いまは100%理解できなくてもいい。いつか「知っている言葉」を獲得するための素地をつくるべく、子どもたちにはいろいろな言葉を届けていこうと思いを固めた10月でした。

花まる学習会 柴健太(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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