【花まるコラム】『笑顔は誰が誰に望むもの』榊原悠司

【花まるコラム】『笑顔は誰が誰に望むもの』榊原悠司

 目が合うたびに「先生! あのね!」とおしゃべりが止まらない年長のある女の子。そんな彼女が言葉を発することなく教室に入ってきた日がありました。気になり様子を見ていると「やりたくない」と暗い表情でつぶやきます。「どうしたの?」「昨日、パパの誕生日だったの。パパは『誕生日プレゼントはいらない』って言ったんだけど、ママが買って渡して、それでパパが怒ってママとけんかになって…」それでも授業には取り組んでいました。授業中盤、ある課題を早くに終えた彼女にふと目をやると、テキストを裏返し真剣に何かを描いていました。近づいてみると、手をつないだ女の人と男の人が並び、それぞれに「ママおひめさま」「パパおうじ」と書いてあります。さらには二人の間には「ラブラブ」と書かれ、「パパおうじ」には「ぼくとけっこんしてください(ハート)」という吹き出しもついていました。二人ともとびきりの笑顔です。

 さて、昨年の11月末、ある4年生男子のお母さまから「ご相談が」とメールをいただきました。10月に学校から次のような電話があったそうです。「好きな教科と嫌いな教科で授業態度の差が大きく、授業中にぼーっとすることも多いです。また、気に入らないことがあると机を叩く、といった行動も見られます。家で何か変わったことはないでしょうか」家庭では特にこれまでと変化はなく、気になることはない状態でした。ただ、実は花まるの教室ではそのような様子がしばしば見受けられることがあり、少し気になっていたタイミングでした。親や先生に言えないストレスがあるのでは? という学校の見解からスクールカウンセリングを勧められ、12月初旬に受けました。結果は1か月後になるとのことでした。
 その間、荒れ具合が徐々に強くなっていきました。思い通りに問題が解けないとき、また苦手意識がある問題にあたると「こんなのやっても意味ない!」「どうせバカだから」という言葉が出ます。また、突如奇声を発したり、とても眠そうにしたり。年内最終授業もそのような状態で冬休みに入りました。

 明けて新年最初の授業が始まる日の朝、お母さんから電話がかかってきました。「カウンセリングの結果が出たのだな」と思いながら電話に出ると「実は…」と気まずさのような空気があり「私たち夫婦に原因があったんです」と続きました。
 カウンセリングの結果では特に異常はありませんでしたが、心配していた担任の先生が彼と一対一で話をしてみることにしたそうです。最初は口を開こうとしなかった彼ですが次第にぽろぽろと涙を流し、静かに「お父さんとお母さんが家で仲良く笑顔であってほしい…」という言葉をこぼしました。
 彼もお父さんも大のテレビゲーム好き。約束として平日はやらないとしたものの、ゲームをやりたい一心で土日は朝5時に起きて延々とゲーム。見かねたお母さんが彼にゲームを止めるよう強く言いましたが、彼は聞き入れません。お母さんがお父さんにもゲームを止めるよう言いました。すると夫婦間でのケンカに発展。さらにそのケンカが日常茶飯事に。彼は家で心にざわめきを抱えて外へ出るようになりました。夫婦喧嘩が日常になったタイミングと彼の様子に変化が起きた時期は重なっていました。加えて彼が涙ながらに口にした「仲良く笑顔であってほしい」という言葉。これを受けて子どもの前で喧嘩をしない、仮にしてしまったとしても、互いが嫌いだからということではなく理由があってそうなったと事情を子どもにも伝える。これらを夫婦間の取り決めとしたそうです。その日の授業には、終始穏やかに取り組んでいました。そしてそれは翌週以降もいまも続いています。 

 わが子が最初に「へへっ」と笑ったときのことを思い出しました。それがとても幸せで、どうしたら笑ってくれるのか、あれこれ試みたこと。笑ってくれることを見つけたら延々とそれを続けていたこと。それがいつの日からでしょうか、子どもに望んでいたもののはずが、こちらに望まれるものとなるのは。「わが子の笑顔があればどれだけでも頑張れる」心からそう思ったように、お母さん・お父さんの笑顔なくして頑張りはない、そんなふうに教えてもらったできごとでした。

花まる学習会 榊原悠司(2023年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

花まるコラムカテゴリの最新記事