【花まるコラム】『いいよ、あげる』元吉遥子

【花まるコラム】『いいよ、あげる』元吉遥子

 花まる学習会の夏の大イベントといえば、サマースクール。教室では、昨年参加した子たちと多くの思い出話に花が咲き、それを聞いていたまわりの子たちからも、ワクワクした表情で興味がある様子が伝わってきました。

 昨年、サマースクールに参加したときのことです。元気いっぱいの男の子8人班を担当し、たったの3日間で笑いもあれば、喧嘩もあり、濃密な時間を過ごしました。
 これはそこで出会った2年生Tくんのドラマ。行きのバスからまわりの子に積極的に話しかけ、常にお兄さんのような存在で班を引っ張っていくTくん。自分の準備や荷物の整理をサッと終わらせると、困っている下級生に「いっしょにやろうか」と手を差し伸べている姿を何回も目にしました。また常に班のみんなが楽しめるように、という気持ちで行動していました。Tくんにとって今回が初めてのサマースクール。「この夏を最高のものにしたい!」という思いで参加を決意したことを教えてくれました。

 たくさん遊んで帰ってきた2日目の夕方。今回Tくんの参加した理由のひとつ「クワガタを見つけたい!」という思い。二日探してもなかなか見つけることができず、森からの帰り道も最後まで諦めることなく、樹や足元を探し続けていました。宿の玄関まで帰ってきて、「見つけられなかった…」と見上げると、そこには1匹のミヤマクワガタの姿が。ものすごく大きな声で「あーーーー!!」と叫ぶと、まわりの子もぞろぞろ集まってきて、あっという間に注目の的に。しかしTくんよりもかなり高いところにいるクワガタには、とても手が届きそうにありません。網か何かでとろうと班のみんなで試行錯誤していると、別の班の子が網を使ってパッと「捕まえたー!」と持って行ってしまったのです。それを見たTくんは、「待って! 僕が見つけたんだよ!」と言い、そこから誰がクワガタを持って帰るのか、話し合いがはじまりました。

 先に見つけたのはTくんではありましたが、その状況を知らずに捕まえたのは別の班の子。悪気があってしたことではないため、2人で納得するまで話し合いをするよう伝え、陰で見守ることにしました。涙を流しながら、「はじめに見つけたのはぼく。どうしても捕まえたかったんだよ」と悔しさややるせない想いを2年生なりの言葉で伝えていました。
 2時間近く経ち、そろそろ夕飯の時間です。近寄ってみると突然「いいよ、あげる」と言ってその場をあとにしたTくん。彼の表情からはたくさんの悔しさが読み取れ、思わず抱きしめました。「本当は持って帰りたかった、でもこのままだとせっかくのサマーが終わっちゃうから…」と私の腕のなかで我慢していた気持ちが涙と一緒にあふれ出ました。その姿を見た班の仲間たちも次々に彼を包み込み、「もっとかっこいいの見つけに行こうぜ!」「ぼくのカエルあげるよ」と心優しい声が飛び交いました。その夜、目を赤く腫らして食べた夕飯。たくさんおかわりをして、心も体もどこかたくましく見えたTくんでした。

 自分の想いを押し殺し、話し合いの最後に見せた優しさは、なかなか出せるものではありません。サマースクールを楽しみたい気持ちを思い出し、この時間がもったいない、と感じたのでしょう。また話し合いで抱いた多くの気持ちが、Tくんの心をひとまわりもふたまわりも成長させ、「また来年きて、クワガタを見つける!」と次へ踏み出す前向きな強さとなりました。

 人と生きることは思い通りにならないことばかりですが、ときにはぶつかって理解しあっていくことで得られるものや成長するきっかけが多くあります。壁を乗り越える経験を積んでこそ、大人になったときに簡単には折れない心や生き抜く力が育っていくはずです。
 花まるの野外体験だからこそ、多くの経験ができ、ひとまわりもふたまわりも大きくなって帰ってきます。この夏、サマースクールで子どもたちと会えるのを楽しみにしています。

花まる学習会 元吉遥子(2023年5月)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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