【花まるコラム】『「怖い」と思った』浦岡翠

【花まるコラム】『「怖い」と思った』浦岡翠

 普段、自分から学校での出来事を話すことはあまりないKくんですが、先日、教室に入ってくるなり、こう話し始めました。
「戦争を味わった人の話を聞いてきたよ」
戦争を味わった人、という表現に驚きつつ話を進めました。
「そうなんだ。いつ?」
「今日。学校に来てたんだ」
「どんな人だった?」
「86歳のおじいさんで、広島の人だった」
「広島の人だったんだね。原爆のお話だったかな。どんなことを話してくれた?」
「小学1年生のときに戦争があって、ある日友だちが『太陽が落ちてくる!』って言っていたそれが爆弾で、急いで逃げたんだって」
「うんうん。その話を聞いて、Kくんはどう思った?」
「戦争が『怖い』と思った」

 普段、あまり自分のことを話さないKくんがここまで話してくれたということは、Kくんにとってその日の話は衝撃的だったのだと思います。

 この話を聞きながら、私は一冊の本を思い出しました。谷川俊太郎さんの詩を劇作家の鴻上尚史さんが紹介している本です。本の中身は、読者の気持ちの症状に合った谷川さんの詩を鴻上さんが選んでいる“処方箋”のようなものです。「さみしくてたまらなくなったら」「家族に疲れたら」「毎日しかめっつらだらけになったら」など、症状別に詩が並べられています。

 その本に『戦争なんて起こってほしくないと思ったら』という章があります。そのなかの詩には一切「戦争反対」という言葉は使われていません。しかし、それ以外の言葉で戦争の毒々しさや不穏さ、不自然さを表現しています。その意図は、鴻上さんの解説にもありますが、言葉を扱う表現者として「戦争反対」という言葉よりも、それをどう表現するかで読んでいる人の心への響き方が変わるからです。

 私は、子どもたちには聞いて感じたことを、言葉や演奏など、いつか自分なりに表現できる武器を持ってほしいと思っています。

 谷川さんは戦争経験者で、身をもってその恐ろしさを体験しました。その経験を言葉という武器を使い、詩で表現しています。私たちは戦争を経験していません。時が経つにつれて、日本においての戦争はどんどん過去のものになっていきます。しかし、実体験だけが自分の経験とは限りません。人から聞いたことを自分なりの感覚で受け止め、どれだけ大事に考えられるかで、それを一つの経験とすることができます。

 今回、Kくんが聞いて感じた『怖い』という気持ちは、とても大切にしてほしい感覚です。その感覚自体がKくんの経験になります。そして、さらに「『怖い』と思った」と、感じたことを私に共有したこと、これも一種の表現です。インプットした情報から自分が受け取った感覚、そして、それをアウトプットしたことで、今回の「戦争を味わった人から聞いた話」をより深く自分のなかで大事にできるようになるでしょう。そのようにして、子どもたち一人ひとりの自分なりの武器を磨いていってほしいです。

 保護者のみなさまには、ぜひ、日々子どもたちが経験したことをたくさん聞いていただき、子どもたちにとってのアウトプットの時間を作っていただきたいです。自分の経験したことを誰かに伝えて初めて、自分の気持ちを見つけられたり、自分の気持ちを人に伝える練習になったりします。そんなふうに自分の経験をより大事に重ねていけるといいと思います。

花まる学習会 浦岡翠(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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