【花まるコラム】『ありがとう』島村有香

【花まるコラム】『ありがとう』島村有香

 「ありがとう」。相手に感謝の気持ちを伝える際に、最も使われている言葉ですね。

 3年生、4年生あたりからでしょうか。相手になにかをしてもらった際に、なかなか「ありがとう」の一言がすんなり出てこなくなるように感じます。たとえば鉛筆を忘れた子に「どうぞ」と渡す際、なにも言わずに受け取る、落ちた消しゴムを拾って渡してもなにも言わないということも少なくありません。悪気があってなにも言わないのではなく、単にそうしてもらうのが当たり前とか、なんてことのないことのように感じているからだと思います。「ありがとう」と言ってほしくてなにかをしているわけではありませんが、やはりこれから社会に出たときに伝えるべきところで「ありがとう」が言えないのは、その子にとってマイナスになってしまいます。教室では、「なんて言うんだっけ?」と毎回伝えるようにしています。すると、「ありがとうございます!」と思い出したように言うので、やはりこういう小さなことであってもきちんと伝えることが大人の役目だなと常々感じています。

 私自身、母に対してわがままを言いたい放題ぶつけていた時期がありました。日々のストレスがたまっていた母に、「お母さんは毎日こんなにあれこれしているのに、『ありがとう』の一言もないんだね」と言われたことも。お母さんなのだから家事をやるのは当たり前。子どもなのだから甘えるのは当たり前。そんなふうに思っていましたが、この言葉を聞いたときに、ハッとしました。母だってやりたくなければ家事をやらない選択だってできるはず。それでもときには我慢もして頑張っているのだと、初めて母の立場になって気持ちを考えました。いまもなお実家で家族と暮らしているからこそ、小さな「ありがとう」をきちんと伝えるようにしています。

 私の家族のなかで、一番の「ありがとう大賞」は祖母です。だいぶ高齢になり、家族の力を借りることが少しずつ増えてきました。いつも祖母は「あれこれやってもらってばかりだからなぁ。ありがたいと本当に思うよ」と言います。母が体調を崩すと祖母が家事を行い、「今日は代行」と言って台所に立ちます。私が布団をしまう、洗濯物を竿にかける…。ほんの些細なことで「ありがとう」と言います。背も縮み、力が弱くなってきた祖母にとっては、やりたくてもできないことなので本当にありがたいことなのだろうとは思う反面、これくらい大したことではないという私の気持ち。感謝しすぎだよ、と思うことも時々ありますが、それでも自分がしたことに対して「ありがとう」と言われるのは嬉しいものです。

 先日の年長コースの授業で、こんなことがありました。KちゃんがYくんにプレゼントを渡した翌週、Yくんがプレゼントのお返しにKちゃんへ折り紙をプレゼントしました。「かわいい!ありがとう!」と喜ぶKちゃん。この日は落ち葉や木の実など、自然のものを使用して作品を作る日でした。Kちゃんは落ち葉のみ、そしてYくんはどんぐりのみを持ってきていました。Kちゃんが「Yにあげる!」と落ち葉を一枚Yくんに渡しました。「ありがとう」と受け取ったYくん。その後、「はい」と、どんぐりを1個Kちゃんに渡しました。「ありがとう」とKちゃん。「ありがとう」「どういたしまして」を惜しみなく、何度も素直に伝えられる2人を見ていると、私までなんだか幸せな気持ちになります。それはやはり、この「ありがとう」という言葉が感謝を伝えるだけではなく、相手を幸せな気持ちや笑顔にする力を持っているからだと思います。

 外の人に対しては、わりとすんなり言える「ありがとう」。家族間ではいかがでしょうか。ありがとうの文化を大切に、教室はもちろん、私自身も家族との間でも大切にしていきたいと思っています。

花まる学習会 島村有香(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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