【花まるコラム】『集中スタイル』伊藤真衣

【花まるコラム】『集中スタイル』伊藤真衣

 授業も後半に差しかかった頃のことです。Yくんは算数プリントも作文もすべて終えて、あとは残すところレインボータイムのみという状況でした。「よし!じゃあレインボーやってもいいよ」と声をかけましたが、「…」とまったく反応がありません。私の言葉は耳に入っているはずだし、いつもならば「うん!」とすぐにプリントを取り出すYくんの反応が印象的だったために、(今日は気分が乗らないのかな?)と思いながらもそれ以上は言及せず、私はほかの子どもたちの指導を行うために一旦その場を離れました。
 そして、少し経ってからパッとYくんのほうを見ると、なんと黄緑のクリアファイル(教室内で使用しているものです)を頭にすっぽり被っていました。その様子は、何やら友達とふざけているわけでもなく、ただただ前方を見据えて座っていたのです。こういったYくんの行動は、私の知っている限りで初めてのことでした。一体何をしているのだろう…と近づいて行くと、ファイル越しのこもった声が小さく聞こえました。よく聞いていると、その内容は『たんぽぽ』の 1月のページにある『方丈記』でした。
 なんと、Yくんはファイルを頭に被り耳元をカバーすることで、集中して頭を働かせることができる環境を自ら作り上げていたのです。その状態のまま、5分以上は暗唱の練習を続けていたと思います。黄緑色から透けて見えるYくんは、とても真剣な顔をしていました。

 その後、ドキドキした面持ちで挑戦した“たんぽぽ検定”。無事、合格することができた彼は「やった~!!」と飛び跳ねながら全力で喜びを噛みしめていました。子どもが「行動」に出るきっかけの「思考」はやっぱり独創的でおもしろいなぁと感じたとともに、“いつも通り(の反応)”だということはあくまで一情報でしかないのだと改めて痛感しました。もしも彼の行動に思いをめぐらせず、私が「ファイルなんて被らないの!」と注意をしていたとしたら、きっと彼は叱られたこと自体にまず「… え?」と疑問を抱くのではないかと思います。なぜなら、この空間のなかで「自分が集中するためには何が必要か」を考えたその結果が「静かな環境」だったから、だから彼は音を遮断するため、手元にあったファイルを被った。
 つまり、この場で大人から叱られると、その子は“自分が考えて行動した”ことそのものを否定されたような気持ちになるのではないかと思います。

 自分の考えをもったことを否定された経験は、子どもが次にまた同じように何かを考えて行動を起こそうとした瞬間にふと「これは怒られないことだろうか…?」と、一歩踏み出そうとした足をつかまれるような感覚に陥るのではないでしょうか。その結果、大人の顔色を伺ってからそれに準じた行動をするようになったり、他人に自分の行動のすべてを委ねるようになったりすることも。
 そのときそのときで、子どもたちもいろいろなことを感じて考えて生きています。だからこそ、一見すると大人から見たらふざけているように見える行動でも、まずは様子をしばらく見てみたり、どうしてそうしたのか気持ちを尋ねてみたりする。そうすることで、子どもたちの主体的な気持ちは肯定され、その後の自信や意欲へとつながるはずです。そう願いながら、これからも指導を続けてまいります。

花まる学習会 伊藤真衣(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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