親元を離れての「ミニ社会体験」。あえて同じ教室の子を同じ班にせず、学年も縦割りで、全員が“はじめまして”の状態で、花まる学習会の野外体験、サマースクールは幕を開けます。家族で行くキャンプではできない経験がここにあります。「バカンスではなくスクール」と伝え続けている野外体験。必ずしも楽しい思い出だけで終えられるとは限りません。家で当たり前だったことができずに我慢することもあるでしょう。友達とけんかをすることもあるでしょう。でもそれは、社会に出ても一緒です。一夏の経験が、もしかしたら一生ものの体験になるかもしれません。そんな転換期となるようなシーンにも出合います。
〈3年生Sくん〉
「リバー探検隊」のコースに参加したSくん。私は班リーダーとして彼とかかわりました。ちょっとポッチャリした見た目で、素直な笑顔がまぶしい優しい子でした。
川の支流をざぶざぶとかき分けながら登っていく、リバー探検隊。普段なかなかできない体験にみんなのテンションも高まります。一致団結していた男の子班でしたが、疲れがたまってくるとついつい強い言葉が口をつく場面もありました。
「おい!遅いんだよ。もっとはやく行ってよ!」
一列で食堂に向かう上り坂の途中、Sくんが遅れることで、Sくんの後ろにいた子たちも遅れてしまいました。
「おいたぬき!はやくしろよ!」
Sくんのことをたぬきと呼ぶ子まで出てきました。これは少し良くない雰囲気だと思い、仲裁に入ろうかと考えていたときでした。
「ねぇ、たぬきって英語でなんて言うか知ってる?」
Sくんが突然クイズを出してきました。私も含め全員がわからず首をかしげていると
「ラクーンっていうんだよ! ぼくのこともラクーンって呼んで!そのほうがかっこいいから」
「GO!ラクーン!!」
早速、まわりの子が使い始めました。
「よっしゃーー」
っと言って、遅れて開いてしまっていた列の間を詰めるSくん。みんな、この「
ラクーン 」という呼び方に大ハマり。一気に空気が和やかになりました。
その後、気づけば班の中心的存在になっていたSくん。最終日のMVP発表が近づくと、班の子たちはみんな口をそろえて
「絶対SがMVPだよ!」
と言っていました。
惜しくも全体でのMVPには選ばれませんでしたが、その活躍はすでに班の仲間たちに認められています。一人ひとりに賞状を渡すときにも、言葉にしてSくんに伝えました。
「この班のあたたかい空気を作ったのはSくんです。我慢したこともあったと思う。いやだったこともあったと思う。けれどもそれを前向きに明るく変えていけるのがSくんの強みだし、これから誰よりも魅力ある人になると信じています。2泊3日、ありがとう!」
すると、笑顔しか見せなかったSくんの頬を、はじめて涙がつたいました。
社会に出なければわからない喜びもあれば、出たからこその辛さもあります。しかしその辛さにくじけてしまうか、幸せに変えるかを決めるのは自分自身。そこで前を向ける人には、多くの人が寄り添ってくれることでしょう。
夏に現地でお会いできることを、楽しみにお待ちしております!
花まる学習会 堀江健太郎(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。