花まる学習会の小学生が使っている教具の一つに「キューブキューブ」があります。空間認識力を鍛える立体ブロックです。キューブ一つひとつに「A」や「B」などのアルファベットが書かれており、それぞれ形が異なります。
そのなかに、立方体の形をした、アルファベットが書かれていないブロックがあります。それは、「ソロキューブ」と呼ばれています。今回はそんな「ソロキューブ」にまつわるエピソードをお届けします。
私が担当することになったのは3年生4人のグループ。花まる学習会には本当にいろいろな子がいて、「十人十色」という言葉ではおさまりきらないほど、それぞれに個性があります。このグループにいたCちゃんは、男勝りで利発な女の子でした。
最初の1か月は何事もなく、平穏に過ぎました。思い起こせば、「無難」という言葉のほうがふさわしかったのかもしれません。いつも通り宿題チェックをしていた授業前。「先生の名前なんか覚えないよ。だっていつか先生も替わっちゃうんだもん。覚えたって意味ないよ」Cちゃんに突然こう言われました。びっくりしました。そんなことを言ってくる子は初めてだったからです。
いま思えば、あのときの彼女の発言は、何かしらのサインでもあったように感じます。その日を境に、いわゆる「いい子」だと思っていたCちゃんの様子が変わりました。「適当にやった」と解いた算数プリントを渡してきたCちゃん。私はとっさに「Cちゃん、それは違うよ。適当にやったものに、先生は丸をつけない」と言いました。「こんなペラペラな賞状、いらなーい」と笑いながら、花まる漢字テストの賞状を突き返してきたときもそうです。「渡してくれた人の気持ちを考えられないのなら、賞状を返して」。「子ども」と「講師」を超えて、「人」として彼女と向き合いました。
あっという間に2か月が経った、とある日の授業前のこと。いつものメンバーで私を交えてキューブキューブの「高積み」をしていました。「最初にソロキューブをいちばん下に置く」。これがその日の高積みのルールでした。そこから私がランダムに指定したキューブを上に重ねていきます。これが結構おもしろいのです。積み上げたキューブが崩れても崩れなくても、スリル満点な高積みに、子どもたちはキャーキャー悲鳴をあげて喜びます。目の前のあまりにも幸せな光景に、私も一緒になって笑っていました。
するとCちゃんがまた、あの屈託のない笑顔でこう言ってきました。「先生、ここに先生の名前を書いて」彼女の手のひらにはあのソロキューブが。しかもそこには彼女の名前と、花まるを卒業したお兄ちゃんの名前が書いてありました。「本当にいいの?」と思わず尋ねました。「いいの!いいから書いて!」この押しの強さがCちゃんらしいなぁと思いつつ、彼女の言う通りに私の名前を書きました。「へえ、○○っていう名前なんだ」Cちゃんはニヤニヤしながらキューブをのぞき込みます。「本当に私の名前を覚えていなかったの!?」というツッコミはさておき。
授業が始まってもCちゃんはずっとそのソロキューブを握りしめていました。「○○キューブ、○○キューブ♪」と歌いながら。授業内の私の言葉をソロキューブの表面に書き込もうとします。どうやらメモ帳代わりのようです。いまでもこのキューブは、Cちゃんの筆箱のポケットにしまわれています。
決して平坦とは言えなかった私とCちゃんの道のり。さまざまなことを乗り越えたからこそ、その信頼関係はより深いものとなりました。「ソロキューブ」がそれを教えてくれました。
先日も、とある男の子が「適当にやった」と算数プリントを終えて渡してきました。するとすかさず「適当はだめだよ」とCちゃん。私が伝えた言葉が確実にCちゃんの心に残っていました。
さまざまな子どもがいるからこそ、その子にはその子との向き合い方があります。一人ひとりに焦点を当てていく、そんな教室長でありたいと思います。
花まる学習会 高津奈都子(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。