【花まるコラム】『井の中の蛙がいい』仁木耕平

【花まるコラム】『井の中の蛙がいい』仁木耕平

 今回は、小学4年生社会のクラスでのお話です。

 タームごとの学習内容の総まとめとして1学期に合計4回実施した「都道府県カルタ」大会(各教科でテーマを設定し本気で競い合うコンテストの一つ)。その最終決戦となった7月の「北陸・中部地方大会」は、これまでで最高の熱気のなかで始まりました。私の受け持つ10名のクラスでは、過去の3回とも絶対女王・Rさんが優勝しています。しかし、日々の授業での練習を通じて着々と自信と知識を積み重ねてきた子たちが、牙城を崩そうと本気で臨んだのがこの日でした。

 「今日に向けて、どんな練習をしてきた?」みんなに聞いてみると、明らかにこれまでとは違う答えが返ってきます。「両親と、お姉ちゃんにもお願いして、何回も試合をやってきた!」「〇〇さんの練習方法を取り入れて、キーワードに線を引いて、それを聞いたら都道府県が言えるようにした」子どもたちの行動を変えるのは、過去の経験と感情なのだな。ひしひしとそう感じた瞬間です。

 大会の結果はドラマティックなもので、Rさんは女王の座を初めて奪取されました。優勝したのは、それまで3回とも準優勝に甘んじ続けてきたKさん。この二人は大の仲良しでもあり、負けてしまったRさんは、Kさんの優勝の瞬間に拍手を惜しみませんでした。笑顔で友人を称えたあと、Rさんの書いた振り返りにはこうありました。「本当に悔しいです。時間を戻して、もう一度たくさん練習をしたい」。

 初めて決勝に出られて「よっしゃああ!!」と全身で喜びをあらわにした子も、過去3回の沈黙(?)を破り、予選で優勝候補をあわやのところまで追い詰める戦いを見せてくれた子もいました。多くの子が、成長の実感や達成感、悔しさなどを口々に言葉にしてくれて、実りある形で大会は終わりました。

 さて、授業を終えて職員室に戻った私は、他のクラスを担当する同僚に声をかけ、今日の教室での子どもたちの頑張りとそこで生まれた様々なドラマを、とても誇らしい気持ちで語りました(聞いてもらいました)。すると彼からは、こんな答えが返ってきたのです。「いいなあ。うちのクラスには、読み札のひとこと目を言った瞬間に札を取れてしまう実力者が3人いて、勝負のデザインが大変なんです。なかには表情一つ変えず、スッと札をかっさらっていく猛者もいて…」

 ガーン。そ、そんな世界があるとは。我々は、神様の掌のうえで戦っていたのか…。大げさかもしれませんが、ちょっと打ちのめされたような気持ちになって「そっかー」と黙り込んでしまったのですが(苦笑)、そのまま考えて続け、ひとつ大切な気づきを得ました。

 「井の中の蛙」でいい。むしろ、それがいいんだ。

 今日、その子たちと一緒に戦っていたら、うちのクラスの子たちはあっさり負かされて鳴かず飛ばずだったかもしれません。それがいまの彼らの正しい実力、ということなのかもしれない。でも、そんなことを思い知らされることよりもずっと、本当にずっと価値があるのは、今日の彼らのガッツポーズと涙と、全力で臨んだ勝負です。勝てるかもしれない、と心から信じることができていた。そして、勝つことに価値があると心から思えていた。だから本気で練習をしてくることができたし、次の行動につながるさまざまな感情を得ることができた。今日得た「自分はこの教科が得意かも!」という自信や自負は、自発的な努力に強く結びつく感情です。そして、そこから生まれた努力が、彼らにいつか誰にも負けないような実力をもたらすことになるかもしれないのです。

 いつか大海原で「上には上がいる」と打ちのめされることがあるかもしれない。そのときは自分の感情に向き合って考えればいい。大海は知らず。でも、本気で取り組んだ先にしかない清々しさや、それでも結果が得られなかったときの悔しさは深く深く知っている。頑張れば前よりもできるようになると知っている。改めて、今日の子どもたちの姿を嬉しく、誇らしく思いました。一人ひとりが自分の力を信じて、全力で凌ぎを削りあえるような環境づくりが大事なのだ。私もそう学ぶことができた一日になりました。

   *  *  *

 「先生、うちの子が作家になりたいって言い出しました!どうしましょう!?」

 これは今年、小学4年生の保護者の方からいただいた相談です。授業で書いた作文を褒められたのが嬉しくて、その気になってしまったようです。ふふ、まだ句読点がちゃんと打てないんだけどなあ、と微笑ましく感じながら、「書くのが上手くなりたい、と心から思えた彼の気持ちをみんなで大切に育てていきましょう」と確かめ合いました。その後、彼は今年の誕生日のプレゼントに、生まれて初めて「本」をリクエストしたそうです。

 「私って、オレって、何だかいけるかも!」一人でも多くの子どもたちがそう感じられるような、場づくりとかかわりかたをしていきたい。改めてそう思います。

花まる学習会/スクールFC 仁木耕平(2021年)


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