【花まるコラム】『虫かごのなかの命』坪田充生

【花まるコラム】『虫かごのなかの命』坪田充生

 私の父は温厚な性格です。覚えている限りの記憶を探っても、ほとんど怒った姿は思い浮かびません。そんな父が確実に「怒っていた」 出来事 があります。それは私が小学生の頃のこと。

 私は友達に連れられて、カブトムシが大量にいると噂の森に来ていました。そこには捕っても捕りつくせないほどのカブトムシがいたのです。興奮した私は、虫かごいっぱいにカブトムシを詰め込んで家に持ち帰りました。その成果を自慢気に父に見せました。それを見た父の第一声は、「何やってんだ!」でした。そして私に、すぐに森へ返すように言いました。外はもう暗く、カブトムシを捕まえた場所へ行くことは無理でした。そう言うと、父は近くの雑木林まで一緒に行ってくれました。カブトムシを逃がしながら、父は私に「このカブトムシも1匹1匹生きていて、それを大事に飼えないのなら飼ってはいけない」と言いました。父は虫かごにぎゅうぎゅうに押し込められたカブトムシを見て、1つの命として大切に扱っていないと怒っていたのです。私にとって、命の大切さについて考えるきっかけになった出来事でした。

 花まる学習会のサマースクールには、虫捕りをおこなうコースがあります。バッタ、コオロギ、カマキリ、トンボなどがいる草原に繰り出します。難なく捕まえられる子、初めて虫を捕まえたという子、今年もさまざまな子が参加していました。ほとんどの子が虫を捕まえると、自前の虫かごに入れて見せてくれます。「大きいでしょ」「これは色がちょっと違うんだよ!」と、自分が捕まえた虫を観察して報告してくることもしばしば。そして、しばらくすると誰かが「エサを入れてあげよう」と言い、虫かごに草を入れ始めます。捕まえたバッタたちがお腹を空かさないようにというわけです。それをバッタが食べたりすると「わー、食べた!」とまた大喜び。このあたりから、虫かごはまるで大切な宝箱のように扱われます。
 宿に帰る時間になると、Aくんが「これ、持って帰ってもいい?」と聞いてきました。見てみると、虫かごの中には1匹のトンボがいました。Aくんは虫を捕まえるのが初めてで、友達から網を借りてやっとの思いでバッタを捕まえていました。その後、友だちからトンボをもらえることになり、自分が捕まえたバッタを逃がしました。いま虫かごにいるトンボは、そういった経緯で手に入れたものでした。Aくんにとって初めての、特別なトンボであることは想像に難くありません。しかし、サマースクールの虫捕りには「生きたまま持ち帰れないものは逃がす」というルールがあります。「このトンボはここがお家だから、帰してあげよう」と言うと、「やだ」とAくん。「トンボは広いお空で飛ぶのが好きだから、虫かごだと少しかわいそうじゃない?」Aくんは頑なに拒否しました。「じゃあAはトンボが何を食べるか知っている?」Aくんは首を横に振りました。「蚊とか小さいハエを食べるんだ。それも生きていないと食べてくれないんだよ。持って帰るなら、Aが代わりに捕まえて食べさせてあげなきゃいけないよ」Aくんは黙って何かを考えているようでした。しばらくするとAくんは、虫かごの蓋を開けてトンボを逃がし、友達と一緒に手を振って見送りました。

 サマースクールの虫捕りでは、子どもたちとのこういったやりとりがよくあります。その度に、私は自分が小学生だった頃の父とのやりとりを思い出します。虫を通じて命の大切さを感じられることも、夏という季節と、サマースクールの魅力だと思います。

花まる学習会 坪田充生(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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