西郡コラム

【西郡コラム】『正しいフォームと訓練と継続で誰でも伸びる』 2021年6月

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 小学生の頃、私は九九の覚えが悪く、出でこなくて詰まり、何度も間違えた。学校に行く朝は便所でブツブツと九九を唱えていた。宙に思い描く暗算が苦手とわかったら、すぐに紙に書いて計算した。計算用紙として使うための広告紙の束は必須で、プリントやテストの余白も筆算で埋まっていた。テストは余白が少なく困った。ちょこちょこしていて落ち着きがなく多動だったので手は動いたが、書いた数字が読めなかったり重なったりで計算間違いも多かった。間違いを繰り返しても気に留めることはなく、「ミスをしただけ」「わからない、できないわけではない」と高を括っていた。低学年のうちは振り返ることも見返すこともなかった。しかし、結果を求められる高学年になって、自分が「そそっかしく、人の話は聞かずに早合点、気も散る移る、ミスが多い人間だ」と自覚すると、わかりやすく見やすい数字で重ならないように書いて、見直した。
 算盤をやっている子は算盤を頭で描くから暗算も得意なのだろうが、多くの子にとって暗算は効率が悪い。計算問題だけでなく、文章題でも図形問題でも計算が必要なときは、即、筆算式を書く。式を書くことで計算を目で確認することができる。「式を、即、書く」を習慣、当たり前にする。書くことを面倒のままにすると苦手をつくる。
  FCで受け持った最後のクラスは中学3年生の数学だった。成績にむらがあり伸び悩んでいた生徒が数名いて、彼らは式を「とりあえず書いておけばいい」程度の認識だった。「式は戦略だ。目で確認するため必要なところを省かず書くように」と、何度も何度も嫌われても言い続けた。暗算でやるよりは紙に書いた方が速くて正確だ、面倒くさがるとかえって非効率だ、ということがわかるまで言い続けた。同時に、「どの式を書いて目で確かめるか、省いて頭でやるか」、その基準は自分で決めることも言い続けた。基準を自分で決めることが自分の学習の軸をつくっていく。卒業後に感謝された。
 今、小学校では定規を使って線を引いて丁寧に筆算する方法をどの子も学んでいる。全国一律なのだろうか。筆算の型を作って、わかりやすく見やすい、誰でもできる筆算を目指している。ただ、筆算は一種の脳トレで、手を素早く動かし脳を刺激するという側面がある。頭の回転を必死に追いかけるように書き、殴り書きに見えるときもある。手と目と数字が一体になっていくフロー状態、計算することに没頭している。だから頭がよくなる。計算は機械がやる今の時代に計算をやるのは、それが脳トレ、脳を刺激する手段だからだ。100マス計算が有効なのは一気にやる集中力、毎日やり続けるグリットが鍛えられ、伸びた実感から自信が得られるからだ。
 『140ページの本があります。毎日6ページずつ読むと10日では何ページ読むことになりますか。この本を読み終えるのに何日かかりますか』という文章題の問題の解き方がわからないという質問を受けた。6ページずつの「ずつ」が理解できず、2日目では7ページを読むと答えてきた。初歩的で基本的な問いになるほど、なぜ、間違えなのかという本質的な説明が必要になる。図解をして6、6、6・・・と示して、2日だと6ページが2回、だから6×2、5日だと6×5と順を追って10日で6×10で60ページ、強引に答えまで導いた。本人はわかったという。当事者意識を持つことは道場の根幹の方針だが、教えてわかるレベルは当事者意識ではなく、自分一人一人でやってみる、類題をためす、自分で向き合ってはじめて少しはわかったことになる。『140ページを6ページずつ読むと何日かかる』という問題も図解して順を追って『140÷6』の式を導いた。計算自体は『23あまり2』とできる。6ページずつだから『÷6』、そして『23あまり2』だから24日で読み終えるという答えを納得してわかるまでには文章題の壁がある。文章題には国語の読解力と慣れが必要で、多くの文章題を解くことで+-×÷の本質はわからなくても+-×÷の使い方はわかってくる。辞書的な意味は言えなくても使い方はわかるのと同じ。
 私自身、低学年のときは何も考えず適当にかけたり・わったりして、どうしてこんな答えが出るのかも考えず、やっつけでやっていたからテストも平気で20点30点ばかりをとってくるなど酷いものだったが、どんな点数をとってきても親に何か言われた記憶はない。当時の私は勉強に関して興味がなかっただけで親が比べなければ私に劣等感はなかった。自分で解こう、解きたいという意識へと変わってきたときから筆算に裏紙が必須だったように、文章題も裏紙に線分図や図式を描いてイメージして+-×÷のどれを使うかを考えた。文章題だけではなく、図形の問題も『三角形ABCにおいて・・・』というような条件文を自分で図に描いてから考え始めた。算数数学の苦手は思い込み、克服できる。式を書く、図を描く、100マス計算をするなど正しいフォームが身につく訓練を継続すれば、誰でも伸びる。ピアノでも水泳でも同じ、一流は個人の才能と努力だが、ピアノや水泳を一生楽しむ基本は誰でも正しいフォームと訓練と継続で身につく。道場の指導理念もここにある。
 図解の壁、私が自分の限界を感じたのは空間図形だった。平面は実際に描いて考えることができる。しかし空間の三次元も平面にして描いて考えるしかないが、平面図形を解く能力と空間図形を解く能力とは違う。暗記力の弱さと空間図形の壁が漠然と感じた限界だったが、中学までの算数数学で覚えるのは簡単な公式ぐらいだったので暗記力は重要でなく、楽しめた。答えが出るまで解答を見たくなかった。習うこともなかった。算数数学の問題は自分のやり方で答えにたどりつく。独自の方法が今の私に役立っている。

西郡学習道場代表 西郡文啓


著者|西郡文啓

西郡文啓 1958年生まれ。県立熊本高校卒業。高濱代表とは高校の同級生、以来、小説、絵画、映画、演劇、音楽、哲学等、あらゆるジャンルの芸術、学問を語り合ってきた仲。高濱代表が花まる学習会を設立時に参加。スクールFCの立ち上げを経て、花まるグループ内に「子ども自身が自分の学習に正面から向き合う場」として西郡学習道場を設立する。2015年度より、「地域おこし協力隊」として、武雄市の小学校に常駐。現在「官民一体型学校」として指定を受けた小学校「武雄花まる学園」にて、学校の先生とともに、小学校の中で花まるメソッドを浸透させていくことに尽力中。

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