【西郡コラム】『なぜ、掃除をするの?』 2025年3月

【西郡コラム】『なぜ、掃除をするの?』 2025年3月

 長野県のある村に村立小学校があり、そこでは月に一度、私たちが花まる学習会の指導法で特別授業をおこなっている。私もかつてこの授業を担当していた。1・2・3年生の授業を午前中に終え、昼になると私たちは食堂に案内される。1学年10人程度の学校なので、全児童、全職員が一堂に会して村地産の食材を料理した給食を和気藹々(あいあい)と楽しむ。給食を食べ終えると、食器を片付けテーブルを拭き食堂をもとの状態にもどす。全員で歯みがきをして食堂を出るとそのまま昼休みになり、子どもたちは校庭や体育館で思い思いに遊ぶ。そして、チャイムが鳴ると子どもたちも先生も一斉に頭にバンダナを巻いて、学年混合のメンバーで校内を掃除する。掃除中、聞こえる音は校内放送で流れるヒーリング音楽だけ。だれ一人として話をしないで、黙々と掃いたり拭いたり掃除に徹している。
 この無言の掃除を「自問清掃」といい、長野県では研究会もあるほど実施している学校が多いと先生は話してくれた。「『自問清掃』は子どもの心を育てます。子どもも育ちますが、教師も変わります。『がまん玉』『しんせつ玉』『みつけ玉』『感謝玉』『正直玉』を磨きます」として、「自問清掃」は学校の特色のある教育になっている。「がまん玉」は我慢して一つのことに取り組む集中力、「しんせつ玉」は友達を助けたり協力したりする、思いやりの心、「みつけ玉」は汚れているところや周囲の様子に気がつく心、「感謝玉」は自分たちを育ててくれた教室や学校などに対して感謝する心、「正直玉」は周囲にとらわれず自分をコントロールできる心のことで、「掃除を通じて我慢・思いやり・気づき・感謝・正直の心を養う」ことを掃除の目標としている。
 親元から離れ、村の山村留学センターで生活している小学生や、親子でこの村に移住してきた小学生もこの学校に通っている。月に一度の花まるの特別授業がある前日に、私たちは山村留学センターに宿泊させてもらい、寝食を共にして、翌朝、学校まで2kmほどある道のりを子どもたちと一緒に歩いて登校する。親に頼ることができない、このセンターでは自分のことは自分でやらなくてはいけない。当然、掃除も自分たちでやる。センターの職員は何も指示しない。掃除をしない子がいると、同じ空間で生活をするほかの子どもたちは困る。そんなときは子どもたちで話し合い、自分がやらなくてはみんなが困ることを理解して、皆、掃除をするようになる。「指示」でなく「自主」で掃除をする。ちなみに 「山村留学を終え自宅に戻っても、食器の片づけや掃除など自分のことは自分でやるようになった。子どもはずいぶん変わった」と保護者は話してくれた。
 さて、演劇、オペラ、舞踊を上演するために演技の指導だけでなく、照明、音響、セットなど舞台全体を指揮する人を演出家というのだが、この演出家を目指す人たちのためのレッスンの様子を書いた本を、以前読んだ。演出家の卵たちに、劇場を見て回り「どこをどうすれば劇場にふさわしい空間になるか」という課題が出された。客は劇場に入ったときから非日常の世界に入り込み、芝居の空間にひたる。演出家として、どのような空間を創るのかということに、課題の意図がある。たとえば、見逃してしまいそうなガラスの曇り、汚れがあれば、これに気づくこと。そして、その曇りや汚れを拭いただけでは落ちないときは諦めずに何とか工夫してピカピカにすること。劇場の空間全体を見る視点と視野の広さ、何をどう美しくするかというセンス、実際に美化をやり遂げる力が空間を創る演出家に求められる。
 教室を運営する私にとって、劇場は教室であり、客は生徒であり、芝居は学習である。教室は子どもたちが学ぶ空間。だからトイレ掃除はもちろん、美化につとめ、最も学習に最適な場所にする。やらねばならない掃除ではなく、積極的に空間を創る掃除として前向きに取り組める。
 「先生、解答が見つかりません」「授業が始まる前に手元に置いて用意しておくこと。準備は大切です」子どもたちに限ったことではなく、「どこにある?」「どこに置いた?」物の迷子は不覚にしてやってしまう。置く場所を決め、すぐ使うものは手元に置き、順番を考えて準備をする。年を取ればとるほど身にしみてわかってくる。掃除の延長線上には整理整頓と段取りがある。整理整頓と段取りは無駄な時間を省く。
 なぜ掃除をするのか。「自問清掃」のように心を整えるためであり、皆が使う場所は自分もその一員だからであり、学ぶ空間を創るためであり、その空間を有意義に使うためである。だから、掃除をすると思っている。

西郡学習道場代表 西郡文啓


🌸著者|西郡文啓

西郡文啓 1958年生まれ。県立熊本高校卒業。高濱代表とは高校の同級生、以来、小説、絵画、映画、演劇、音楽、哲学等、あらゆるジャンルの芸術、学問を語り合ってきた仲。高濱代表が花まる学習会を設立時に参加。スクールFCの立ち上げを経て、花まるグループ内に「子ども自身が自分の学習に正面から向き合う場」として西郡学習道場を設立する。2015年度より、「地域おこし協力隊」として、武雄市の小学校に常駐。現在「官民一体型学校」として指定を受けた小学校「武雄花まる学園」にて、学校の先生とともに、小学校の中で花まるメソッドを浸透させていくことに尽力中。

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