【Rinコラム】『それは「ダメ」と決めつけない』 2026年7・8月

【Rinコラム】『それは「ダメ」と決めつけない』 2026年7・8月

 「え、それはいいの? ちょっと待って。あ、ダメ」
親子での創作ワークショップで、お母さんの口から思わずこぼれた一言でした。
 こうでなくては、という見方をもちやすい大人に対して、子どもたちは「ああでもあるし、こうでもある」という複数の可能性を自然にもっています。答えは一つではない、という前提に立てているかどうかは、子どものそばにいる大人にとって、とても大切な視点です。
 私が子どもたちにかけているのは、「そうだね、それもいいアイデアだね」「いいね、やってみて」という言葉です。同じ空間でそれを聞いていた保護者の方から、こんな声をいただきました。
「子どもが自由につくっているのを見て、『あ』とか『えー』と言いそうになるのに、その前に先生が“いいね”と受け止めてくれる。子どもたちが前向きになる理由がよくわかりました」
 子どもたちの声も印象的です。
「失敗してもいい作品ができるって言ってくれたから、学校より楽しい。毎日つくりたい」
「やってみると、何ができるかわからない。こうじゃなきゃいけないっていうのがない」
 大人は経験があるぶん、「ここでやめたほうがきれいに仕上がる」と未来を予測します。しかし、その“きれい”は本当に子どものものなのでしょうか。知らず知らずのうちに、大人の価値観を押し付けているに過ぎないこともあります。
 子どもにとっては、すべてが未知の世界です。「こうしたらどうなるのだろう」と手を動かし、思考をめぐらせる時間。その結果、作品はぐちゃぐちゃに見えるかもしれません。けれども、よく見てみると、子どもたちの表情はすっきりしています。
 ある子はそれを「深みがある色だねえ」と形容しました。「うつくしいね」ほかの子も同調します。そうなのです。何を美しいと思うのか、外の価値観ではなく、自分の心に聞くことができると、対象を本当の意味で観察し、自分の言葉で表現しようとする心が生まれます。それが鑑賞です。
 「それはダメ」「そこまでにしなさい」と止められる経験が積み重なると、子どもたちの目の光は少しずつ失われていきます。逆に、自分の意思で心と頭を動かし、思考のなかに没頭できる時間は、主体性という学びの土台を育てていきます。
 大切なのは、大人が一度自分の価値観を脇に置き、その子の表情をよく見ることです。何をしようとしているのか、その心の動きを受け止めること。
 心のままに手を動かし、その瞬間の感情を表現する過程が守られていること。それこそが、本来大切にされるべき体験です。

井岡 由実(Rin)


🌸著者|井岡由実(RIN)

井岡由実 国内外での創作・音楽活動や展示を続けながら、 「芸術を通した感性の育成」をテーマに「ARTのとびら」を主宰。教育×ARTの交わるところを世の中に発信し続けている。著書に『こころと頭を同時に伸ばすAI時代の子育て』 (実務教育出版)ほか。

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