【Rinコラム】『読むことのはじまりにあるもの』 2026年6月

【Rinコラム】『読むことのはじまりにあるもの』 2026年6月

 幼稚園時代の「えほんノート」を、久しぶりに開きました。園の図書室で借りた本の記録と、「だれに読んでもらいましたか」「おうちからのたより」の欄に母が書いたひとことコメント。年中の夏から卒園まで、一年半ほどの時間が綴られています。

 年長になると、よろよろとした文字で「おもしろかった」と自分で書いている欄もあり、思わず頬がゆるみます。
 けれど、それ以上におもしろいのは母の記録です。「何よこれ。どういうこと? ママどう思う?」と問いかけてくる日もあれば、「おもしろいし絶対いい本やから、ママに聞かせたいと借りてきました」と誇らしげな日もある。「なんで戦争するの」と、ふと核心に触れる問いも残されています。

 「帰ってすぐ、服も着替えず大声で読んでいます」「すーが8回あるのがおもしろいそう」「呪文が逆さまだと発見して大笑い」
――そんな母の記述からは、言葉の意味だけでなく、音やリズムそのものを身体で楽しむ、幼児そのものの姿が見えてきます。

 「字が少ない本を選んでいる」「自分で読める分量の本を借りている」という記録が続く時期もあります。本の内容ではなく、“読めるかどうか”で選ぶ段階です。それがやがて、「最近は静かに読んでいる時間が長くなりました」という記述へと変わる。本の世界に没入し、読むことそのものを楽しむ時代へと移行します。

 物語の登場人物になりきって妹とごっこ遊びをする様子がしょっちゅう登場し、「くまさんみたいに優しくしてほしい」と母に自分の気持ちを伝えるきっかけにもなっています。
 絵本が疑似体験の場であり、感情を言葉にする媒介であることも見えてきます。

 そして何度も出てくる、「あまもりって何」「くやしいってどういうこと」という言葉の意味を質問する場面。興味深いのは、その一年半後に「最後の家出のとき、くやしかったんやろな」と、自分の言葉として使えていたことです。言葉は、その場で理解して終わるのではなく、時間をかけて身体に落ち、自分のものになっていく。ああ、子どもたちが言葉を獲得していく過程に、絵本の果たす役割は大きいな、と改めて感じました。

 家庭での読み聞かせは、子どもにとって豊かでしあわせな時間です。大好きな人の声で物語を聴くこと自体が、すでに大きな贈り物です。だからこそ、読み終えたあとに問いを投げかけすぎないこと。同じ世界を体験した者同士、しばらく黙って浸る時間を大切にしたいものです。読書とは本来、自由な精神の営みだからです。

 一方で、低学年授業で扱う「さくら」では、読み聞かせをしたあとにあえて質問をします。それは聴くなかで「くまなく、一度で、想像しきる力」を育てるため。聞き逃さない集中力やイメージ力を鍛える、意図的なトレーニングです。

 同じ「読む」という行為でも、目的によってかかわり方は変わります。けれど原点には、あの「えほんノート」にあったような、自由であたたかな時間があるべきだと、改めて思うのです。
 最後にこんな一文を見つけました。「私も先生になりたい。でも恥ずかしいから書かんといてと言ってます」。自分がそんなことを言っていたなんてちっとも知りませんでした。

井岡 由実(Rin)


🌸著者|井岡由実(RIN)

井岡由実 国内外での創作・音楽活動や展示を続けながら、 「芸術を通した感性の育成」をテーマに「ARTのとびら」を主宰。教育×ARTの交わるところを世の中に発信し続けている。著書に『こころと頭を同時に伸ばすAI時代の子育て』 (実務教育出版)ほか。

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