教室では口癖のように「間違えてもいいよ」と子どもたちに伝えています。ですが、ほとんどの子は「間違えるのは恥ずかしい」「間違えたらまたやらなきゃいけないからいやだ」と言います。その気持ちはよくわかりますし、誰でも間違えたくありませんよね。
当時2年生のAくんが、算数プリントを解いていたときでした。
「できたよ!」
とAくんが算数プリントを見せてくれました。見てみると「食べた数はいくつでしょう」のところを残りの数を出していました。
「頑張って解けたね! この問題はね…」
と問題文を指さした瞬間、
「間違いってことだよね」
と勢いよくプリントを隠しました。彼の表情は一瞬で曇り、いまにも泣きそうな顔でこちらを見つめています。彼には考えたすべてを否定してほしくなかったのですが、
「正解できなかったら惜しくもないし、だめなんだよ」
と消えそうな声でプリントの端を握りしめました。
「ここまで一人で解けたこと、先生はすごいと思っているよ。間違えたら、悲しいし悔しいよね。だめなんてことはない。ここまでできた自分を褒めてほしい」
小さく丸まったAくんの背中をさすりました。彼は、なぞぺー(思考力教材)もサボテン(計算教材)も得意な子でした。
「…だって、できるぼくでいたい」
プリントに涙が滲んでいきます。
「先生は、Aが頑張っていることたくさん知っているよ」
ポタッ…ポタッと雫が落ち続けます。
「人は最初から全部できるわけじゃない。たくさん経験するからできるようになるんだよ」
「……かっこ悪くない?」
彼の震える声がさする手に響き、心が締めつけられました。
「間違えたときに努力できる人がかっこいいと思う」
彼のなかには自分の理想があったのでしょう。目標を持つことも、理想を描くことも素敵なことです。それが活力となり成長し続けられます。
しばらくすると涙を袖で勢いよく拭い、くしゃくしゃになったプリントを広げ、Aくんは深呼吸をしました。しばらくして
「残りの数出しちゃった! 食べた数じゃん。なんだ…簡単!」
と、まだ涙目ですがとびきりの笑顔になりました。その後、問題につまずいても解答にツッコミを入れたり、私のヒントを真剣に聞いたりしていました。
彼はいま4年生。難しい問題を見ると「何これ、おもしろそう!」と言って、たとえ間違えたとしても粘り強く取り組んでいます。
年長授業で「折って切って開く」という思考実験をおこないました。折り紙を3回三角に折り込み、中心部分を持ちながらテキスト通りに切り、開いたときどのような形になるのか実験します。
「間違えたくないから線を描いて」
そう言ってきたのはBくん。
「間違えてもいいよ。自分で切ってみない?」
「…」
「じゃあ自分でやってみたい! ってなったら教えてね」
ペンで切る部分を描き込むと、Bくんは切り始めました。恐る恐る折り紙を広げると、
「見て! お花みたいになった」
満面の笑みで、開いた折り紙を見せてくれました。
「本当だね! はさみの使い方が上手になったね」
「よく切っているもん! 先生、次は自分で切ってもいい?」
彼はそう言って、目を輝かせました。新しい折り紙を受け取り慎重に切り込んでいく彼からは、緊張感とワクワク感が伝わってきました。しかし、開いた折り紙はバラバラと力なく机の上に落ちました。
「ちゃんと切ったはずなのに…」
彼はうつむき、もう一度ゆっくり折り始めます。「あ! 切る部分が違った」とBくんと私の声が重なりました。
「切る場所が変わるだけでこんなおもしろい形ができるんだ。新しい発見だね」
そう伝えると、 Bくんの曇っていた表情がみるみる明るくなっていきました。
「ぼくもそう思った! もう一度やってみたい。いい?」
折り紙を渡すと、何度もテキストを見ながら切り進め、見事、実験成功!
問題に正解できなければ、テキスト通りできなければ、失敗だと受け取ってしまうかもしれません。でもそれは間違いなく成功への道。そんなときに大事なことは、その気持ちを受け止め、寄り添いながら過程を認める場所や人がいることだと思っています。
花まる学習会 吉田いつむ(2023年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。