年長クラスの時間。「えー、これ、俺絶対できないよぉ…」とつぶやくのはIくん。いつもはそんなにネガティブな発言はせずに、教室の仲間たちとともに「いぇい!」「できた!」とポーズをとっているのですが、このときは珍しく眉間にしわを寄せて迷路のページを見つめていました。
年長コースで使用しているテキスト「ひまわり」には、迷路のページが毎回登場します。迷路が好きな子どもたちは、「次は迷路のページだよ!」と伝えただけで「よっしゃぁ!」とガッツポーズ。いつも元気な子どもたちが、より一層イキイキするのです。Iくんもみんなと同じように嬉々として取り組む子の一人なのですが、前回ゴールになかなかたどり着けなかったのをを引きずっているのか、とうとう「でーきーなーい!」と声を荒らげました。まわりの子たちもいつもと違うIくんの様子を気にしていました。どれだけ時間がかかっても、道に迷っても、自分の力でゴールしてきたIくんを見てきた私は彼にこう言いました。「迷路のレベルが上がったのかもしれないね。でも、Iならできるよ!『できる!』『できる!』って言いながらやってみてごらん!絶対にできるから!大丈夫!と。
これは私の経験談ですが、小学生のとき、頭が痛くないのに学校を休みたくて「頭が痛い」と母に訴えたことがあります。繰り返しそれをつぶやいていると、本当に頭痛が襲ってきて、その日は学校を休むことになりました。いま思うと“言霊”が働いたのではないかと感じています。
要は、これと同じように、「できる!」と何度も自分に言い聞かせながら行うことで、気持ちで負けずに力を発揮できるようにしたいと考えたのです。もし、これ以上わからない、と彼が言ったら「ゴールから行ってみたらどうかな?」「ここまでは合っているよ。こっちの道に行ってみたらどうかな?」などとアドバイスをしてみよう。そう考えて、再度彼の様子を見に行こうと足を一歩踏み出した瞬間、「あー!!できた!!やった!!」とIくんのはじけんばかりの声が教室に響きました。私に向けて見せてくれた迷路には、色濃い鉛筆の跡がゴールのところまでしっかり伸びていました。
「やったね!自分の力でゴールに行けたね!」ここで自信をつけたのか、次の問題に取り組む際も、彼は「よーし!俺はできる、できる、できる、できる!」と気合い十分に鉛筆を走らせていました。さっきまでとは別人のようなオーラを放つ彼の姿に、目頭が熱くなりました。
自立とは、「自分以外の人やものに頼ることなく、独り立ちしていること」を意味します。Iくんは、迷路の道のりを彼一人の力で書き、ゴールまで進むことができました。やり切ったのです。教室でのこの出来事はほんの些細なことかもしれませんが、ここで培った「できた!」の気持ちがやがて大きな自信となって、今後のIくんを支えることは間違いありません。焦点を「いま」に当てるだけでなく、将来彼らが大人になったときのことにも思いを馳せて、かかわり続けてまいります。
花まる学習会 中里明理(2022年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。