【花まるコラム】『誤答を愛せるようになるまでに』相澤樹

【花まるコラム】『誤答を愛せるようになるまでに』相澤樹

 わが家の5歳の娘も花まるに通っています。先日、通塾先の教室の教室長に面談をお願いし、教室での様子を聞いてみましたところ…。
「まだ、声を出して挨拶したところを見たことがありません」
「話かけても顔を背けて聞こうとしません。そろそろ心を開いてくれないですかね」
とそんな様子だそうです。家で「今日は、こんなことしたよ」と嬉しそうに作品を見せてくれたり、「先生大好き!」と教室長に対して好意的な話をしたりする娘と、教室でのギャップにいささか驚きました。ただ、そこまでの話は少々残念に思うものの、まだ受け止めることはできたのです。自ら人に対して心を込めて挨拶ができるようになってほしい。しかし「挨拶をしっかり大きな声で言いなさい」と言って聞かせるより、親が「挨拶を大切にする」姿勢を見せ続けていくことのほうが大事だと私は考えています。娘を擁護するわけではありませんが、慣れ親しんでいる保育園では先生やお友達に対して素敵な挨拶をする子になったなと思っていたので、いつか花まるや、不慣れな場所でもすすんで挨拶ができる人になれると信じています。しかし「育て方と育ち方に問題はないはず」という思いは次の話で打ち砕かれることになりました。

「○ちゃん、答えを間違えることに強い抵抗感がありますね。この前のアイキューブ(空間認識力を鍛える立体教具)の課題は確かに難しかったのですが…問題を見てしばらくすると『パパは花まるの先生だから、おうちで教えてもらう。今日はやらない』と言っていまして。『一緒にやろう』と粘り強く声をかけ続けたのですが頑なに拒否していたので、無理強いするのは控えました」

これはもう「ガーン…」です。すでに「間違えることを怖れる」ようになっていてチャレンジする気概をもっていないことに。親の職業をやらない言い訳に使うという情けないやり方に。次の瞬間「どこかで子育て間違えたのだ」と余裕を装う堤防が決壊しました。

 新たな知識を得ることに対して意欲的な子の共通項は「誤答を愛せること」に帰着する、と折に触れ保護者のみなさまに伝えてきました。「伸びしろ」は間違えたところにあるわけです。誤答を隠したりごまかしたりすることなく、「なぜ」と着目して、わかるまで頭を働かせる過程とわかった瞬間の気持ちよさを存分に味わっていることが大事。その気持ちよさを知っている子は、考えることをサボることはもったいないとわかるからです。信念をもってそう伝えてきていましたが、娘が5歳ですでにわからないことに拒否反応を示すようになっていたとは。また、悪気はないのでしょうが「パパは花まるの先生だから」という言葉を選択したカッコ悪さというか…そんなことを言うと嫌われちゃうよ、という先行きの不安も。次にそんなことを言ったら「だから何?」と厳しく対応してほしいとお願いをしました。

 さて「どうすれば間違いを怖れない子に育つかな」なんて考えながら迎えた先日のHIT。4年生二人の成長が圧巻でした。二人とも間違えた問題を隠すことが癖になっていたのですが「間違えることを怖れずに、受け止めよう」と伝え誤答に向き合い続けた練習が見事に結実したのです。「Sなぞ」(思考力問題)は制限時間を迎えたところで「時間だけどどうする?」と聞いたところ「もう少しでできそうなのでやりたいです」と。それだけで涙腺が崩壊しそうです。そして「できました」と持ってきた解答が正解。よくノーヒントでやり抜きました。

 4年生を見ていて「誤答を愛せる」ようになるには、誤答を受け止める経験があったからだと気づかされました。正しくやりたいけどやれないもどかしさ、葛藤、悔しさから目を逸らさない練習が必要なのでしょう。だから、課題から目を逸らした娘も誤答を愛せるようになるための過程にいるのだと思います。

 また娘が間違えることに抵抗を示したのは、おそらく私自身が「子育ての正解」のようなものを無意識に娘に求めていたからかもしれません。その雰囲気を敏感に感じ取っていたのでしょうね。子どもたちが間違えた問題に対して誠実に向き合う姿を見習い、私も正解を求めた過ちをしっかりと受け止め、娘の成長を見守れるように務めようと思います。

花まる学習会 相澤樹(2022年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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