【花まるコラム】『やっちゃいけない、なんてわかってる』山岸亮太

【花まるコラム】『やっちゃいけない、なんてわかってる』山岸亮太

 先日、ある5年生の男の子がサボテン(計算教材)の宿題をやるのを忘れてきました。その月の内容は、手順の多い計算問題。授業で取り組むページでも少しずつ苛立ちを見せるようになり「なんでやらないといけないの!」と声が出たタイミングで話しかけにいきました。「大変だよな。でも、1つだけ聞かせて。今日までにやるべきだったものを、どうしてやってこなかったの?」そう声をかけると、「……うん」と一言、返ってきました。それ以上の言葉はありませんでしたが、納得したのか、そのページを最後までやりきりました。「やらなくてはいけない」ということはもうわかる時期。多くを伝える必要はないのでしょう。

 ふと、ある苦い思い出がよみがえってきました。私が中学2年生の頃の話です。当時、部活仲間の間で流行っていたゲームがありました。値段は4000円。お小遣いをためて買うには、数か月待つ必要がありました。そんなとき、私は見てしまったのです。父の部屋にある棚の一番上に置かれた、趣味用のお金が入っている封筒を。封がしてあるわけでもなく、無防備に置いてありました。
 「1枚くらいとってもばれないだろう…」という考えが、頭の中をよぎりました。どれくらい悩んだかは、はっきりと覚えていません。しかし私は、お札を1枚取ってしまったのです。そこからはもう止まりませんでした。何かあると1枚、また1枚と、取るようになりました。罪悪感はありました。やってはいけないことだということも、もちろんわかっていました。しかし、その罪悪感に勝る何かが、私の内にあったのです。
 そして、ゲームのために数枚取り、買いに行きました。しかし私は、消費税のことを考えていませんでした。店頭で気づいてすぐに家に引き返し、なんの躊躇もせずにまた1枚、取りました。
 それから数日後、登校しようと玄関で靴ひもを結んでいるときに 、母が声をかけてきました。
「あんた、取ってるでしょ。わかってるよ」
言葉はそれだけでした。特に怒鳴られるわけでもなく、問いつめてくるわけでもなく、「いけないことだから、やめなさい!」と説教してくるわけでもありませんでした。私は母の顔を見ることができず、振り返ることもなく、逃げるように靴ひもを結んで学校へ行きました。その日からは、1度もお金を取ろうと思えませんでした。それほどに、心に刺さった一言でした。

 やっちゃいけない、なんてわかっている。でも心が素直にいうことを聞いてくれない瞬間がある。それは心が大人へと変わっていく過程で、誰もが通る道なのかもしれません。

 あのとき、母は私を「否定」しませんでした。もちろん「許した」わけではないでしょう。「あなたならわかるでしょう?」と信じて、思い出させてくれたのだと思います。どうしてやってはいけないのか、そんなことはわかっている。でも頭が心を動かせない。そんな思春期の入り口に立つ私の心を否定されなかったからこそ、いまでも心に残る経験になったのだと思います。

 宿題を忘れてきた5年生も同じです。宿題を忘れてはいけない、なんてわかっていることでしょう。一言、思い出させてあげるだけで、きっと大丈夫です。思うように動いてくれない「心」を理解し受け止めること。受け止めたうえで、大事なことを思い出させてくれる存在こそが、思春期の入り口に立つ子どもたちにとっては必要なのです。自我が芽生え、心が複雑になっていく高学年。頭と心と体がちぐはぐで、子ども自身も、もどかしいはず。そんな「もがいている自分」を理解してくれる大人の言葉になら、耳を傾けることができる。花まるの教室では、安心してください。何があっても私が子どもたちを信じ、「心」を受け止めます。

花まる学習会 山岸亮太(2021年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

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