【高濱コラム】『リアル』 2021年11月

【高濱コラム】『リアル』 2021年11月

 母校の県立熊本高校の120周年記念式典に招かれました。役割の一つは講演。「輝く人生のために、10代をどう生きるか」という演題で、在校生1200人(三年生400人は会場の市民会館で聴講、一年生と二年生は学校でオンライン視聴)に、話をしました。何に本当にワクワクするのか、自分の心を見つめ、ランキングや金額や偏差値といった外の枠組に流されず、心底やりたいことを見つけてほしいこと、幅の広い経験をしてほしいこと、感性を大事にしてほしいこと、日記を土台に哲学を構築してほしいこと、心の壁、障がいの人をどう理解すればよいか、などを語りました。みんな、真剣な瞳で聴いてくれました。
 二つ目の役割は、トークセッションの司会役。セッションメンバーは私以外に二名で、一人は医師で思想家の稲葉俊郎くん。実は、24年前に、大学に入学したばかりの東大生四人と「学生たちが、先輩社会人に話を聞く会を開催する」という目的でABCという組織を立ち上げたのですが、初代代表が稲葉くんで、私が世話人でした。ちなみに第一回の先輩は、私の同級生で当時厚労省の官僚のFくんだったのですが、いまや医系技官のトップに上り詰めているのですから、なかなか引きの強い会だったと言えるでしょう。

 時は過ぎて、40歳を過ぎた彼の代からは、大活躍する多様な人が登場することにもなりましたし、こうやって二人揃って、記念すべき日に母校の後輩に話ができることは、感慨深いものでした。彼が19歳のときに数分話しただけで、その突き抜けた感性と知力に、「こいつは、すごく大きなことを成し遂げるかもな」と感じたものですが、『いのちが呼びさますもの(アノニマ・スタジオ)』など、濃厚で上質な著書も次々と出していますし、勉強量と深い思索に裏打ちされた人間観は、世界に大きな影響を与えていくだろうなと感じています。こういう一人と懇意にできるというのは、かけがえのない財産です。口から出るすべての言葉が宝石のようで、久々に膝を突き合わせた楽屋の雑談一つでも、医療の世界で「オープンダイアローグ」という手法が画期的な効果を出し始めているという情報や、それがきっと「心穏やかに自分を客観視する」ということに由来するのであろうという見識など、おもしろい話題ばかりで魅了されました。
 セッションメンバーのもう一人は、タレントの宮崎美子さん。昨年のカレンダーも話題になりましたが、生存競争の厳しい芸能界で40年以上も一定の位置をキープし続けているのはすごいことです。実は私の同級生で、一年延期になった影響でZoomでの登場でしたが、大きなスクリーンに彼女が映り続けていたことで、場が華やぎました。私からは、「高校時代に自転車置き場で彼女を初めて近くで見たとき、田舎道で極彩色の玉虫を見つけたときのような特別な驚きだった。同じ人類なのかと感じ、恋をする気にもならないほどだった」と思い出を語りました。
 セッションも三人がよく嚙み合って会場が湧き続けましたし、そのあとの、学生たちの出し物の和太鼓や合唱や演奏も素晴らしく、一生懸命裏で支えているスタッフたちの真剣さも感動的で、こんな日にこんなポジションで参加できていることへの感謝の気持ちがあふれました。セッションのまとめが「どんどん同窓の先輩(縦のつながり)を頼って、話を聞きにいきなさい」というものだったこともあり、後輩の支援は様々やっていこうと誓いました。
 そんな一日の中で、最も私の心を揺さぶったのは、宮崎さんがスクリーンにスペシャルゲストとして登場したときの、会場のどよめきです。「えー!?」「キャー!」「おおお!」といった400人の様々な驚きの声が重なって、ドーンというひとつの大きな音のようにも聞こえました。実は前日の打ち合わせのとき、「スペシャルゲストです」と言って出てきても、テレビをあまり見ない最近の高校生は、宮崎さんを知らないのではないか、というような懸念も出ていたのです。その心配があったこともあって、「良かった!」とホッとしたことは確かですが、何というかその歓声は、劇的に気持ちを高みへと上げてくれたのです。
 私が感じたのは、「大歓声というのは、こんなにも一瞬で気持ちを高めてくれるものなのか。なるほど、サッカーなどで、ホームとアウェイで勝敗が異なるのも当然だな。確かに心に大きなインパクトを与えるんだな」ということです。

 実は、これに似た真逆の経験もしました。今学期からポツポツと、ホールなど会場でのリアル講演も再開したのですが、名古屋での講演では、まず一人のお母さんが号泣に近いくらい泣き始めました。久々のリアルが感慨深かったこともありますが、私もついもらい泣きしてしまいました。すると、その私の涙に多くのお母さんがもらい泣きして、ちょっとした哀しい式典のように泣く人の多い場になってしまったのです。
 そして考えたのは、これがリアルの力だなということです。人はいつもそばにいる人の呼吸や目の動きを感じて生きている。目の前の人が幸せだと自分も幸せというような共感能力があることこそが、人間の特徴である。熊本の例では、リアルだったからこそ、「生徒たちみんなの嬉しい気持ちが声の束となって伝わり、そのことで私もとても嬉しくなった」のだし、名古屋では「お母さんが泣くような気持ちだと、自分も泣きたくなった」のだと思います。一緒に笑ったり一緒に泣いたり、このライブの感覚は、たまらないなと思いました。
 まだまだ完全に落ち着いたわけではありませんが、早くリアルの講演やイベントでお会いしたいですね。子どもたちのサマースクールも、「記念写真のときだけマスクを取って、黙っていようね」というような距離感までは近づけましたが、スキンシップを取るということはできていません。私やリーダーたちに登り棒のようによじ登ったり、大勢がまとわりつきしがみついたり、鬼ごっこでガシッとつかまえるというようなことができる日が、一日でも早く来ますように。

花まる学習会代表 高濱正伸


🌸著者|高濱正伸

高濱 正伸 花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。

高濱コラムカテゴリの最新記事