年末に、朗報が届きました。リセマムを主宰する株式会社イードの調査による「イードアワード2021」にて、花まる学習会が、「塾 顧客満足度 最優秀賞」を受賞したというのです。実は、ここ数年、なにそれのアワードで全国一位でしたという報はいくつかいただいていてありがたかったのですが、調査範囲が狭かったり、それを公表するとなるとかなり高額の費用を請求されたりというので、公開は控えていました。しかし、今回は二位以下に東西の錚々たる進学塾が並ぶなど、すべての塾の中での日本一ということで感慨もひとしおですし、会員保護者のみなさまに共有しておきたいということで、発表することにしました。
創業して29年。ここまで来られたのは、開催を許してくださった幼稚園の園長先生方、選んで通ってくださったみなさま、サマースクールや雪国でスクラムを組んで子どもを受け入れてくださった宿の方々など、かかわってくださった多くのみなさまのおかげです。一緒に頑張った社員たちとひととき喜びを分かち合いましたが、目を凝らせば、子どもがスクスク育つための最大関数である保護者全員の心に寄り添い切れたかと言えば、まだまだ詰めるべき課題があります。これからも緩むことなく精進してまいりますので、叱咤激励をお願いいたします。
さて、雪国スクールでの一場面です。吹雪のなかでリフトに乗っていると、小学2年生くらいの男の子が見えました。列の最後方を滑っていたその子は、転倒して、前を滑る仲間たちに遅れてしまったようでした。板を動かすのもまだ彼には重くて自在にはいかないようで、あれこれ寝たまま動かすのですが、うまくいきません。試行錯誤の末、何とか板が揃ったと思ったら、今度は立ち上がろうとしてはステンを繰り返しています。上から「おーい!」と声をかけても、立ち上がることに夢中で聞こえないようです。かわいそうにという気持ちで見ていたのですが、我々が真上を通り過ぎてしばらくしてから、何とか立ち上がり、しばし真後ろに滑ったあと、トンと向きを変え滑走していきました。
そこで思ったのは、これこそ成長の経験だなということです。大人としては、すぐに横に行って「つかまりな」と言って手を差しのべたくなりますが、外からの声も聞こえないほどの集中で、泣き言も言わず何とかかんとか自分の力で立ち上がったあの数分こそ、真剣に考え試行し、工夫して壁を突破するという、心と頭の確かな成長時間だったと思います。
時を同じくして、残念な知らせもありました。サマースクール「高濱先生と行く修学旅行」のカンボジアにも熊本のコースにも参加してくれたHくん。ずっとラグビーを続けていて、高校3年生のこの秋、ついに花園の切符を手に入れたのですが、本大会直前になって怪我で出場できなくなったのです。小学生の頃から花園に行くのが夢と言っていたし、強豪校でレギュラーになるだけでも大変な努力をしてきたのだろうし、お母さまに聞くと、平気な表情で朝起きてはくるのだが、夜中泣き通したことが明らかな腫れた目だということでした。
駆け付けようかと思った試合をテレビで観ると、ベンチが映されたときに、最後方で少し悲しげな表情で試合を眺めるHくんがいました。気持ちを想像すると、こちらの胸が張り裂けそうでしたが、いまの彼にこそ、慰めではなく「この辛さをよく覚えておけ。いまがまさに君の成長の機会だよ」と伝えてあげたいです。
何と言っても、厳しい練習に耐え予選を勝ち抜いて出場までこぎつけたことが、勲章で誇りにしてよいし、これほど辛い機会で何を考え、どう心を収めるかは、一生の宝物になるよ、ということです。
同じような境遇の社会人を知っています。Sさんという男性ですが、彼は高校2年生のときにサッカーの全国大会に出場しながら、キャプテンで迎えた高3の本大会直前に靭帯の断裂で、試合出場をふいにしてしまったのです。ベンチで見守ることになったのですが、その試練を経験した彼は、ゼロから興した会社の大黒柱となり、グングン成長したのでした。鍛錬と逆境経験で強くなった精神力で、仕事でこそ大活躍をしたのです。
そもそもスポーツをやる意味は、その中で長い人生を生き抜くすべてを学べることではないでしょうか。プロになれた人ですら、引退後の長い人生を考えると、同じだと思います。体が鍛えられることはもちろん、レギュラーになれる・なれないとか、チームメイトとのぶつかり合いや共感の中で、心の強さこそを磨き上げられるのです。
数年前に「Most likely to succeed」というアメリカの高校のドキュメンタリー映画が、世界的に話題になったのですが、その価値は、芝居や機械の製作など、期間を決めたプロジェクトの中でこそ、高校生が成長するという新しい学校の在り方を提示したことでした。周りの絶賛の中で、私は観るなり「これ、部活じゃないか」と思いました。その前後から、教育の世界では、PBL(project based learning)が盛んに喧伝され流行語にもなりましたが、私はいつも「どこ見てんだ、日本には部活があるでしょうが」と思っていました。
私自身も、「熊本高校野球部を卒業しました」と言うくらい、野球漬けでした。部員が9人しかいないので、初心者なのにライトで8番で出られたり、2年生になると新1年生の経験組にあっさり位置を奪われたり、失意の中でも懸命に秋から冬の努力を積み重ねたら、春には球速がすごくアップしていて、レフトで一番打者時々リリーフピッチャーというポジションを得たりしました。労働として換算したらブラックどころではない、朝から晩まで鍛錬・鍛錬の日々でしたが、仕事人生になってからこそ、何度も「ああ、あのとき厳しい部活を選んで本当に良かったなあ」と感じます。
日本独自のPBL的財産である部活の良さは、本人が選んでいること、主体性・夢中・没頭・鍛錬があること、そして何より夢を抱いて頑張っているからこその挫折や敗北や失敗という、負の経験・逆境を真に自分事として経験できることです。本気だからこそ、そこで落ち込んだときの心を経験し、折り合いをつけ、前向きになっていく過程で、熱い内に打たれた鋼のように強靭な心を育んでいくでしょう。
もちろん、逆境も程度問題なのですが、前述のスキーの転倒の少年の例のように、その年齢でちょうど適切な克服経験を積み重ねられるとよいですね。どんな時代になっても、嘆いたり他人のせいにしたりせず、雨ならば雨なりに楽しんで生き抜いていけるたくましい大人になるでしょう。転んで起き上がるという貴重な経験に対し、ついさっさと助けあげてしまいたいと思うのは、親心ですが、だからこそわが子の将来のために何が大事なのかを、心掛けておかねばなりません。中には「転ばないように先に手出し口出しをしてしまう」文字通り転ばぬ先の杖を出してしまう親御さんもいます。深い愛があればこその落とし穴とも言えるのですが、ルソーは『エミール』の中で、このような親のかかわりを、将来の自立を想定したとき「最も残忍な行為」と喝破しています。
転んで強くなる。子育ての要諦の一つだと思います。
花まる学習会代表 高濱正伸
🌸著者|高濱正伸
花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。