埼玉県警のなかで近年子どもが生まれて父親になった、またはもうすぐ父親になるという男性職員の方々向けの父親講演会を、ここ数年何度もおこなっています。警察官といえど、父または夫としての役割については当初自信がないのは当たり前だし、真剣に聞いてくれます。招聘してくださっているのは女性職員のみなさんだそうで、お子さんが花まるの会員で私のファンという女性刑事さんがいつも温かく迎えてくれます。夏の終わり、薄手の新調したジャケットを着ての講演を終え、控室に向かっていると、その刑事さんが「先生、ジャケット新しいですよね」と一言。いやーさすがファンと自称するだけあるな、すぐに気づかれるんだなと感心しました。そして「ええそうです。よくおわかりになりましたね」と気取って答えたら「背中に仕付け糸が残っていますよ」との返答。すぐに脱いで確認したら、紺地のベントに白い糸のバッテンが二か所ありました。まあずっとこんな調子なので30年連れ添う妻などは表情も変えず「また⁉」の一言でした。まわりに支えられながら一生歩いていきたいと思います。
さて、AIによる激変の時代とはよく言いますが、その厳しい現実を思い知らされる場面に出くわしました。経営者のためのAIエージェントを新規開発したYさんに誘われてお披露目の会合に参加しました。まわりは超大企業の社長さんや役員のみなさん。やや場違い感を感じながら向学心でやりとりを聞いていました。最初はYさんによる商品説明。これまでのAIと違って「ひらめき」の要素が入っていることや、あらゆる分野の天才・異能がなかに大勢いるようなものになっていること等の解説がありました。実際使ってみたら、そんな視点からのアドバイスが来るのかと驚かされる深くて説得力あるものでした。そして、数か月間モニターしたという有名大企業の社長さんの発表を聞いて立ちすくみました。その方はこの新開発AIに感動し、いまは毎日1時間対話している。そしてなんとそれまでの有名コンサルとの高額契約を打ち切ったと言うのです。信頼ある大コンサルよりも、この一台のAIの方が頼りになるというのです。
また、ソフトバンクグループでOpenAIのアルトマン氏たちと協力してグループのAI開発のトップに立つ宮澤弦氏との対談(花まる子育てカレッジにて配信)で、宮澤氏が語っていたエピソードにも驚きました。アメリカでは有名大学のコンピュータサイエンス学科を卒業すると大卒初任給(年収)が数千万~億という時代が続いたが、AIのあまりの進化によって、そこに人が必要なくなり、コンピュータサイエンス学科が最も就職口のない学科になってしまっているという、星新一のショートショートのような話です。
この二つの話に共通するのは、技術革命のスピードの壮絶さです。私たちは、こんなにも数年先の未来イメージが蜃気楼のように消え変化する時代に子育てをしなければならないのです。
では、どう育てれば良いかを考えるときに参考になるのは、まさにいまのこの大変化のただなかで、活き活きと輝いている人に注目することです。それは、まわりに流されず自分の哲学をしっかりと持ち、本質という見えないものをクッキリ捉え、磨き上げた専門性を強みとして活躍している人とも言えるでしょう。
たとえば一人は、前述の最新AI発表会で、ゲストとして舞台での鼎談に出演していたコテンラジオの深井龍之介氏です。「歴史が好き」というだけならいくらでもいそうですが、好きの度合いと調べ尽くす深掘り力が桁違い。いまや独自の地歩を築き、私を含む多くのファンに愛されて、有力な企業群からの引き合いもすさまじい状態です。先日、深井氏と博多で二人飲みをしたときの、ワクワクして心が温まる味わいは忘れられません。「勉強ほどおもしろいものはない!!」と言い切り、合理的な思考で正解を出すことはAIがやる時代にあって、有力なのは「多少の不合理も飲み込みながら人をかわいがり懐かれる親分アニキ文化」×「最新技術の駆使」のようなものだと熱弁する。真横にいて心底幸せになるし、エルトン・ジョンの「Your Song」ではないですが「How wonderful lifeis while you’reinthe world」と歌いたい気持ちになりました。
そんな深井氏がどう育てられたか。猛烈な読書家の父親と音楽を愛する母親。一人っ子でありながら「〇〇しなさい」と言われた記憶がなく、なにをしても評価も批判もしないほったらかしに近い状態だったとのことです。出雲高校や九州大学を受けるとか合格したとかを報告してもいつも「フーン」というような反応だったそう。そこで培われたものは「すべて自分の決めた通りに生きる」という人生への基本姿勢。何をおもしろく美しいと感じるかに忠実に従って決定し行動する人になったのでした。
子育ての参考になるもう一人は、前述(後半事例)の宮澤弦氏。彼の「また会いたい(心温かいとかおもしろいとか)人になる」という慧眼に基づいた子育て哲学は、シンプルで深く、私自身もしばしば引用しています。また友人になって10年以上経ちますが、どんどん要職に昇格しているにもかかわらず、気さくで常に笑わせてくるユーモアセンスが特長です。彼はどう育てられたか。父も母も姉もピアニストで当然のようにピアノを弾いていたのですが、小学一年生くらいで苦しくなり「やめたい」と申し出た。するとお父さまは「いいよ。音楽は音を楽しむもの。楽しくないんだったらやめなさい」とおっしゃったそうです。そうなると自分は自分の道を探さなきゃと真摯にならざるを得ないし、基本なにをやるにしても「自分で決める」ということを繰り返して育ったそうです。
私が子育て講演で強く訴えるのは、「アレしなさい、コレしなさい」とうるさく口出しをし続ける過干渉ほど残酷なことはないということですが、深井氏も宮澤氏もまったくその真逆で「自分で決める人」として育てられたことがわかります。
わが子に激動の時代を生き抜く人に育ってほしいならば、かなり参考になる事例ですね。
花まる学習会代表 高濱正伸
🌸著者|高濱正伸
花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。