西郡コラム

【西郡コラム】『学びの指針“道場心得”(二)』 2021年3月

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 重要なのは学び方、その心構えとして“道場心得(全二九項)”をつくった。
 学びの原点にかえれば、迷い、悩むことはない。自分が知りたいことを知り、自分の頭で考え、経験する。よりよい自分、新たな自分になるために学ぶ。よりよいは未来志向、ワクワクドキドキな世界だ。反省、後悔、失敗、焦燥…すべて過去。終わったことは、次の糧にすればいいだけのこと。

一、できない、わからない、だから考える
できない、わからないから学習する。ここが学習の出発点。できるように、わかるようにするにはどうするか、考え、実行することが学習の本分。できた、わかった、は意欲を高めるが、過去。できた、わかった瞬間に、知的欲求は未知へ。世の中がどうなるか、何が起こるか、不確実な時代であることを身に染みて経験する。変化のスピードも速い、できたこと、わかったことはすでに過去になる。できないことをできるように、分からないことを分かるように、どうするかを考える、学習し、実行する。学習の始まりと方向性を間違えると、学びは迷走する。

一、わからなければ、考える、そして質問する
「わからなければ質問する」は当然のことだが、その前に、答えが出なくてもわからなくても、あれこれ考えること、試行錯誤することそのものが学習である。問いの解を見出すまで、教えないでほしい、解答を見たくない、ここに学習者の真摯な姿勢がある。“できない、わからない”と対峙して、自分の限界を見定める。できない自分を落胆し失望しない。“できた、わかった”快感から、なんとかなるという自己効力感が生まれる。時間も有限、これ以上考えても時間の浪費だと思えば、質問する、答えを見て、真似る。

一、今やる、すぐやる、ちょっと待ったはなし
嫌なこと、面倒なことほどは後回し、後でやろう。逃れようとしても、時間が経てば経つほど記憶が失せ、やる気も萎え、時間は無駄になる。「今やる、すぐやる」は、学習や仕事のできる人の基本。効率のいい、賢い学習習慣だ。その場で理解しきる集中力、やらなければならないことを先々にやる行動力、学習や仕事のできる人はこれが身についている。沈思黙考、思考を深める時間を必要とするときもある。その時間を確保するためにも、やるべきことはさっさと一気集中してやってしまうということ。「今やる、すぐやる」を習慣にする。

一、 眺めない、まずは手を動かす、書く、まねる
まずは手を動かす。計算なら式を書く。「三角形ABCにおいて…」ならば、条件を辿り、整理しながら手を動かし描いて考える。手と目と一体となって、図式化して視覚的な手掛かり、糸口を探す。書いてみて、描いてみて、イメージして考える。持てる感覚を駆使して、何とかしようとする。書かない横着はミスを繰り返す。まねるは、フォームから入ること。自由に表現できるのはフォームの基礎ができたから。水泳、ピアノ、踊り、習い事を倣えばわかる。まず、まねを徹して、型を自分のものにして初めて自分らしさが表現できる。何もないところからの自由な発想はない。模倣を完全消化して、消し去って、自由な発想が生まれる。

一、 やりはじめたら、集中する、神経を張り巡らせる
“心身を解放すること”と“対象に集中すること”は表裏一体。集中は心身の解放ありき、すべての神経がスイッチオン、即、反応する状態、このとき、持って生まれた能力を伸ばす。持って生まれた能力を最大限に引き出すのが集中力。興味・関心、好奇心が強ければ強いほど集中を高める。読み書き計算の基礎はタイムプレッシャーのなか一気に、しかも日々やる訓練で集中力を高められる。始めたら一気呵成、切り替えは素早く、対象に焦点を絞りながらも、どこか俯瞰した目を持って集中する。さらなる刺激で集中は深まる。

一、 どんな環境でも自分次第、集中すればできる
環境は自分次第。失敗や挫折の敗因を環境に求めても仕方がない。仕方がないものに囚われること自体が二次災害。周囲が煩ければ、それを感じないように集中をすればいい。別のところに行くことも、除くこともできる。さっさと決断して、行動する。どうにもならないことに神経を消耗しても無駄なことなのだ。テレビの音が煩いリビングで学習しようが、静かな自室で学習しようが本人次第、置かれた環境で最善をやるしかない、ということ。

一、 言い訳、屁理屈をいわない
できなかった、やれなかった、分からなかった、その理由を探せば何かしらはある。それで自分を正当化して、他者を説得できたとしても、自分自身に正直に問えば、どこか虚しさが残る。言い訳、屁理屈をすれば虚しく、気持ちが悪いと思えるかどうか。気持ちが悪ければ、前へ進めない、無駄な時間を過ごしてしまう。言い訳、屁理屈をいっても面白くないと気づく。人は騙せても自分は騙せない。自分に正直になることは、学習法の基本。

一、 自分の行動には自分で責任をもつ
学習が本物になるのは、学習を自分事としたとき、当事者意識を伴ったとき。自分がどうする、主体性がないと学習ではない。子育ての究極は自立、自分で生きていくということ。「自分の行動は自分が負う、責任を持つ」がすべて学習の前提になってくるのは当然のことだ。学習も生活も一緒、自分でやることには自分で責任を持ちなさい。自立するにするために、日々、学んでいる。

西郡学習道場代表 西郡文啓


著者|西郡文啓

西郡文啓 1958年生まれ。県立熊本高校卒業。高濱代表とは高校の同級生、以来、小説、絵画、映画、演劇、音楽、哲学等、あらゆるジャンルの芸術、学問を語り合ってきた仲。高濱代表が花まる学習会を設立時に参加。スクールFCの立ち上げを経て、花まるグループ内に「子ども自身が自分の学習に正面から向き合う場」として西郡学習道場を設立する。2015年度より、「地域おこし協力隊」として、武雄市の小学校に常駐。現在「官民一体型学校」として指定を受けた小学校「武雄花まる学園」にて、学校の先生とともに、小学校の中で花まるメソッドを浸透させていくことに尽力中。

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