松島コラム

【松島コラム】 『あきらめるのではなく、受け入れる』 2020年4月

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~『現在過去未来』№83~

私たちは今回の新型コロナの問題から何を学ぶべきなのでしょうか。
歴史を振り返れば、人類は何度も感染症と闘い、効果的な治療薬やワクチンを生み出してきました。
今世界中の研究者が全力で研究・開発に打ち込んでいます。
近い将来、インフルエンザと同様に予防接種をうったり、病院に行って薬をもらったりしながら、日常生活ができる日がやってくると思います。
しかし一方ではそうした感染症を完全におさえこめた(根絶できた)例は一つしかありません。
つまりは人間の英知をもってしても、どうにもならないことがあるということです。
地震や台風などの自然災害もそうです。
人間の想像を超えた解決困難な問題がいつどこにやってくるかわからないということです。

社会生活において、私たちは様々なことをコントロールしながら生きています。
ストレスがたまればお酒を飲んだりスポーツをしたり、困ったことがあれば誰かに相談したりします。
欲しいものがあればお金をためるために仕事に励みます。
幸せに生きるためにいろいろな工夫や努力をしています。
それでも自分の力だけではどうにもならないこともあります。
人間関係はその典型かもしれません。
よかれと思ってしたことを相手はいっこうに理解してくれない。
それが原因でけんかになったり、悩んだり、病気になる人もいます。
相手との対話を重ね、互いによりよい方向に向かっていく。
そうした対話の大切さを説いた本やセミナーがブームなのも、人間関係がいかに社会問題になっているのかを表しています。

私は右目の視力がほとんどなく、左目も弱視として生まれました。
外科的な治療も効果はなく、眼鏡をかけても見えるようにはならないというものです。
母はショックだったと思います。
しかし、両親は、そうしたハンディキャップのことで私をかばうことはしませんでした。
そのおかげなのか、いじめや不自由もたくさん経験しましたが、あまり悩むことはありませんでした。
それらは自分の力で何とかするものだと自然に思えたのです。
逆にいろいろと気遣いされていたら、「目が悪いから仕方ないんだ」という言い訳の人生を歩いていたかもしれません。
陰では心配していたと思いますが、親には感謝しかありません。

ただ一度だけ高校生のときに壁にぶつかりました。
それはバイクの運転免許が視力が足りずに取れなかったことです。
交通の便が悪い田舎では、16歳になると多くの高校生がバイクの免許を取りに行きます。
試験会場で会った同級生たちは楽々合格して帰っていきましたが、私は居残りの検査でも合格できませんでした。
予想していたことでもあったのですが、悔しくて自分の部屋に閉じこもりました。

「世の中には自分の力ではどうにもならないことがある。
変えられないことをくよくよしてもしょうがない。
これを背負って生きていくしかない。
便利な都会に出ればいいんだ」
と、何度も自分に言い聞かせました。

今思えば本当に大した話ではないのですが、世間を知らない16歳の若者にとっては現実に直面した瞬間でした。
あきらめるのではなく、受け入れる。
自分の力ではどうにもならない障がいをもったおかげで、目に見える世界は狭くても、心の目で広く物事を捉えられるようになったのだと思います。
 
「withコロナ」とも言われていますが、まさに今、私たちはコロナとともに生きる社会を創造する時間が与えられているのだと思います。
「あきらめる」ことと「受け入れる」ことは違います。
「あきらめる」とは、考えることをやめること。
「受け入れる」とは、自分事としてより深く考え続けることです。
もちろんそれは決して楽なことではありません。
しかし、未知なる難題を一つひとつ受け入れていくことで、決して悪くない未来、「beforeコロナ」よりもよりよい社会を築けるのではないかと思っています。

スクールFC代表 松島 伸浩


著者|松島 伸浩

松島 伸浩 1963年生まれ、群馬県みどり市出身。現在、スクールFC代表兼花まるグループ常務取締役。教員一家に育つも、私教育の世界に飛び込み、大手進学塾で経営幹部として活躍。36歳で自塾を立ち上げ、個人、組織の両面から、「社会に出てから必要とされる『生きる力』を受験学習を通して鍛える方法はないか」を模索する。その後、花まる学習会創立時からの旧知であった高濱正伸と再会し、花まるグループに入社。教務部長、事業部長を経て現職。のべ10,000件以上の受験相談や教育相談の実績は、保護者からの絶大な支持を得ている。現在も花まる学習会やスクールFCの現場で活躍中である。