【花まるコラム】『しあわせのもと』クヌーセンまり

【花まるコラム】『しあわせのもと』クヌーセンまり

 人間誰しも、時には先の見えない未来に不安になったり、思い通りにいかないことに焦ったり、まわりと比べて自信がなくなってしまうことがある。私の場合、そういうときは大抵、沈んだ心に連動して部屋も荒れ果てている。そのつながりを逆手にとって、心のモヤを晴らすために部屋をきれいにすることもしばしば。

 つい先日も、このままじゃいかん! と奮起して家の片づけをはじめると、長年封印していた押し入れの奥から学生時代の品がたくさん出てきた。思い出のジャングル。ここに長居してはキケンだ…! という脳からの指令を振り切って「あ、懐かしい」と思わず手に取ってしまったのは、輪ゴムでとめられた数百枚の紙の束。デンマークにいたときに思いつきでおこなったインタビューの回答用紙だ。

 北欧デンマークと言えば、「福祉大国で幸せな国」というイメージがあるけれど、実際に住んでいる人たちはどうなんだろう、とちょっとした好奇心からはじめたインタビュー。現地で出会った子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、「あなたを幸せにする3つのもの」を聞いてまわった。

 ものすご~く考え込んで真剣に答えを書いてくれる人もいれば、瞬時にペンを走らせて「お酒とポテチとアニメ!」なんて、いたずらっぽい笑みを浮かべながら返してくれる人もいた。どの回答にも個性があって、誰かの“幸せをつくる素”を聞いているだけでも十分幸せな気持ちになるものだなあと、新たな発見をしたりもした。

 なかでもとりわけ覚えているのは、デンマークの高齢者施設で出会ったおじいちゃんの言葉。彼は3つある欄のうちひとつだけを使って「みんなが気持ちよく過ごすこと」と書いた。一つだけでいいんですか? と尋ねると、これが自分にとってなによりも幸せなことなのだ、と穏やかに笑って言った。「あなたにとっての幸せは?」と聞かれて咄嗟にこんな言葉を返せることに感動しながら、歳を重ねたとき、そんな気持ちを持った人間に自分もなっていたいなと思った瞬間だった。

 そんなおじいちゃんのかっこいい言葉のあとでちょっと恥ずかしいけれど、束の中で私の名前が書かれた紙には「家族・笑顔・アイスクリーム」とあった。20歳の自分が思い描いた、幸せ3つ。その頃の、いまよりすこし丸っこい自分の筆跡を眺めながら、ああ、そうだった、となぜだか少しだけ涙が出た。

・・・

 しばらくして、別の部屋から「おなか減った~!」という声がしてはっと現実に引き戻される。そう、泣いても笑ってもくるのが夕飯の時間。今日も母ちゃんはエプロンをしめて台所に立つ。が、料理をはじめていくらも経たないうちに長男がなにやら騒ぎはじめた。

「ママ―!! 大変! はやく~! こっちにきて~~!!」

どうやらトイレから叫んでいるようだ。

「なに~? お母さん料理作っている途中なんだけど……」と炒め途中の玉ねぎに未練を残しながら、しぶしぶキッチンを離れトイレまで様子を見に行く。

 トイレの前では長男と同居中の母が一緒になってお腹を抱えて笑っている。
「ねえ……ぐふっ……これみて! さっきうんちしたらね……うんちが……立ったの!! ぐふっ」と笑いすぎて頬を引きつらせながら話す長男。その横で私の母も「ほんとにすごいのよ~」と手をたたいている。

 「何言っているの?」と二人に冷ややかな視線を送りながら中を覗くと、なんと本当に便器の中でうんちが立っていた。生まれて初めて見る光景と、ことのくだらなさに私も思わず吹き出してしまった。

 そこにちょうどいいタイミングで夫が帰ってきたので、「ねえ!! ちょっと早く来てこれ見て!! ぐふふ……」と今度は私が笑いを堪えながら玄関に向かって大声で叫んだ。

 何事かと急いで階段を駆け上がってきた夫も、トイレの中を見るなり爆笑して膝から崩れ落ちる。もうすぐ2歳になる次男は、トイレを囲んで笑い転げる私たちを見て、訳もわからず一緒にケラケラ笑っていた。

 あまりにくだらなくて、でもそんなしょうもないことに家族みんなで笑っているこの時間が、平和で、楽しくて、居心地のいい、最高の時間だと思った。

 今日の晩御飯のあとは、みんなで一緒にアイスクリームを食べようね。

花まる学習会 クヌーセンまり(2024年)


*・*・*花まる教室長コラム*・*・*

それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。

花まるコラムカテゴリの最新記事