【すてきな サムシング③】『古代発火法検定2』橋本一馬 2025年10月

【すてきな サムシング③】『古代発火法検定2』橋本一馬 2025年10月

アウト・ドア。それは、家の外ではなく、安泰の外。コンフォートゾーンの内側で冒険が眠りつくとき、ドアは現れる。しかし、思い切ってドアの外に踏み出せば、そこにはきっと人生を変えてしまうような「何か」———「すてきなサムシング」が待っている。これは、職人がアウトドアで見つけたサムシングのレポートである。

 自然のなかで何かを探すとき、世界が変わるのを感じる。ただの山林に見えていたものが一本一本の木に見えてきて、やがてスギとヒノキとマツ、ナラとクヌギとカシに見えてくる。そうした木々のなかに空木(ウツギ)を見つけようとして、さらに見る。いままで見向きもしなかったものが、価値をもったものとして目に映るようになる。原始の世界では、さまざまな資源を直接自然のなかに求めたはずだ。石器になりそうな石、紐になりそうな蔓、火おこしがしやすそうな枝。人間の関心と自然が見えない糸によって結ばれる。そうした豊かなつながりは文明の前では非常にもろい。ナイフを1本持つだけで、石器にしようとしていたすべての石との糸が一瞬で切れる。それでいて、ナイフを置いて石を求めれば、たちまち糸は結び直される。何千年たったあとでも、いつでも、何度でも石は応える。自然の懐は深く、優しい。

 山から戻ったあと、切り出してきた空木(ウツギ)を吟味する。そのまま使えそうなもの、曲がりを修正すべきもの、カートリッジ式の先端として使えそうなもの、欠点が多く使えなさそうなもの。切り出す前によく見たはずでも、質にバラつきがある。まだまだ見立てが甘いのだろう。切り出した直後の植物はまだ水分が多いので、樹皮を削いで乾燥を促す。干すのはベランダで。

 それから数週間後。火きり杵、火きり板、火口がそろい、火起こしに必要な道具がとりあえず形になった。これからいよいよキリモミ式火おこしの練習に入る(長い!)。まずはやってみよう、と何も考えずに見よう見まねで火きり杵を回してみるが、まったくうまくいかない。うまくいくとか、いかないとか以前に、途中で疲れて回せなくなるのである。しかも、すぐに手の平にマメができて、痛くて練習を続けられなくなった。普段使わない筋肉を使ったせいか、足腰まで痛む。原始技術に対する現代人の圧倒的無力っ…!

 キリモミ式火起こしの技術面において重要なポイントは、体力の絶対値と配分ではなかろうかと思う。人間の運動を熱に変えて火にしようというのだから当然だが、まず大変な体力を使う。そして、その体力を最初から最後まで100%で使うと火は起こせない。火種ができる前に力尽きてしまうからだ。岩城先生の解説によると、初めはゆっくり(10秒間に15~20往復程度)回すのがよく、音がシュッシュッと変わり煙が出はじめてから一気に力を入れてスピードを上げる(10秒間に35~40往復程度)のがいいようだ。この技能は陸上競技にも重なるところがある。スプリント競技の世界大会で日本人初のメダリストとなった為末大さんによると、走る行為は「加速区間」「維持区間」「減速区間」に分けられていて、トップアスリート同士の競争では出せる最高速度にあまり差はなくても、その最高速度をどのタイミングで出すかでタイムに差が出るそうだ。興味深い。

 ただ、いくら理論が確かでもその身体操作を実践できなければ火は起こせない。火は現実の問題だ。できるようになるまで練習と練習と練習。しかし、技能が未熟だと問題がどこにあるのかがわかりにくい。手の平の使い方なのか、重心の置き方なのか、単なる体力不足なのか、そもそも道具の方に問題があるのか、その場所の湿度なのか。慣れれば1分以内に火が起こせるということだが、全然うまくいかない。そんな状態でさらに練習すること数週間——。なんとか火が起こせるようになった私の検定タイムは2分52秒。ギリギリで3分を切ってキリモミ式火起こし四級に合格したのであった。ちなみに、一級は45秒以内。まだまだ楽しみは残っている。

花まる学習会 橋本 一馬

 


🌸著者|橋本 一馬(職人)

花まる学習会教室長。家具職人だった経歴からミドルネームは「職人」。家具製作技能士、狩猟免許、ブッシュクラフトアドバイザー、古代発火法検定など、さまざまな資格や技能を織り交ぜた教育的アプローチが好き。キャンプ行きがち。アイス食べがち。

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