2020年が幕を開けました。
昨年は、みんなの心が、ラグビー選手たちのたくましき躍動に鷲掴みにされましたが、今年はどうなるのでしょうか。
オリンピックはいずれにせよ盛り上がるでしょうから、私は、パラリンピックに肩入れして(ボッチャがその一つですが)、次世代に良いレガシーを残す一助になれればと願っています。
花まるグループも28年目に入ります。今日は、定点から無数の家族を見つめ続けてきた者として、現代だからこその「親の落とし穴」だなと感じることを、書きたいと思います。
まずは「データ・エビデンス症候群」。
これはエビデンスですよと数値を示されると、本質を見ずに影響を受けて表面的な判断をしてしまうことです。
例えば、先日ネットでこのようなニュースが出ました。
世界の研究機関が協力して23万人強のデータに基づく長期研究結果を出した。
それによると、全体的に見て走った人は、距離がどうであれ、走らなかった人と比べると、あらゆる原因による死亡リスクが27%減少し、癌についても23%減少させたというのです。
さあ、この数行を読んだ保護者は、9分9厘「走りなさい」とわが子に伝えるのではないでしょうか。
これが典型です。
実は詳しく読むと、中には突然の心臓死につながる人もいるし、頑張りすぎて不可逆的に膝等の故障をしてしまった人もいる、と書いてあるのです。
ところが、大きな字の見出しやリードを読んで、安直に「真理」だと鵜呑みにしてしまう。
観察するに、このパターンの判断ミスは、実に多い。
教育に関するエビデンスのほとんどは、統計データです。
一言で言えば、それは「たくさんのデータを見たところ、まあ大体のところ、そう言い切れる感じですな」という意味に過ぎません。
もちろん、政府や役所などマクロの政策決定をしなければならない機関などにとっては、これはまごうかたなきエビデンスであり、それに従って方針や法律を決めなければならないでしょう。
大学の先生方が、地道に研究結果を積み重ねてくださることは、尊くありがたいことで、私のような現場の直観を頼りにしている人間にとっては、間違いなく一つの指針となりはします。
しかしここで、私が強調したいのは、統計データは所詮全体の概ねの色彩を伝えるだけであって、個々のサンプルはだいたいどの場合も多様多彩で、つまりは「うちの子に合うか合わないかは、やってみてよく観察しなければわからない」ということだけが絶対の真実なのです。
この一点。
「子を見よ。」これが様々な判断のときに、どれだけ失われていることでしょう。
データだから、〇〇さんがうまくいったと言うし、有名な先生が言っているから…。
この春から、「子どもたちのそばにいる機会を増やす」という方針の下、小学6年生トップ向けの「スーパー算数」の授業をスクールFCで復活するのですが、その授業をともに担う、尊敬する井本陽久氏(先日、NHKのプロフェッショナルで特集されました)と、ここは一致していると言い切れるのが、「データは参考程度。子どもは全員違う。授業はライブ。毎回違う。大切なのは、子をよく見るということ」という点です。
似たようなことで言うと、親御さんたちは「数値の提示に弱い」とも思います。
例えば、中学受験の合格実績という「総数」を見せられると、その塾に行けば良いと信じてしまう。
実際は、同じ数でも「全生徒数分の合格者数」が勝負でしょうし、「初期値からどのくらい伸ばしたか」「実は自学習は家任せで、家庭教師など別につけなければならない仕組みになっていないか」「卒業した人が、本当に良かったと長期にわたって言っているか」など、見なければならない評価の視点はたくさんあるにもかかわらず、です。
IT革命期に子育てをしなければならないということは、頼りにしていた「常識」の枠組みが次々と変容していくことですから、不安があるものです。
しかしそれは、同時に基本ワクワクすることです。
どんな時代になるにせよ、子が大人になって自立し幸せになれるか、に焦点を当てたときに、一番大事なのは、洪水のような数値やデータを伴ったもっともらしい情報に飲み込まれず、「子をよく見る」ということだと思います。
楽しそうか、目は輝いているか、自分からやろうとしているか、没頭しているか、満足しているか、向いている分野は何だろうか…。
理は尊重しつつも侵食されず、何よりも「子を見て感じるアンテナを大切にせよ」というところでしょうか。
親の落とし穴の二つ目は、「強く言い切る人に弱い」ということです。
もともと正解のないのが子育てですが、それはつまりいつも判断に迷うということでもあります。
そんな中、迷いなく言い切る人を見ると、影響されフラフラとついて行ってしまう感じです。
例えば昨年秋、東大の理Ⅲに4人の子どもを全員合格させた「さとママ」こと佐藤亮子さんが、「共働きなんてありえない。100%子どもに集中しなければ」という意味のことを、ネットのインタビュー記事で語っていました。
私は、反論ではないのですが、すぐにコメントを寄せました。
なぜなら、こういう「実績を上げた先輩ママが言う発言に、お母さんたちは弱いなー」と感じ続けていたし、外で働いているお母さんのほとんどがギクッとしただろうと想像したからです。
ワーキングマザーについては、一冊の本にしたくらい研究しました。
そこでわかったのは、「お母さんって、子どものそばにいてあげられないことを、すごく罪深く思うんだな」ということです。
これは理屈ではなく本能に基づいていて、どうしてもそう感じてしまう。
現実は、子がホッとできる外の居場所を確保したうえで、毎日5分でも確実に親子のスキンシップと会話があれば、子はたくましく育っています(逆に言うと、「今日は私のことを何も言わなかった」というようなパス感は、子の心をえぐっているのですが)。著書で記したのは、むしろ「親自身の世界への多様なつながり」と「母の安心」が大事という結論でした。
佐藤さんは、母として子をよく見て、4人それぞれに方針を変えているし、自分の信念がぶれていないのは素晴らしい。
しかし共働きについては、一言あり!です。
彼女の何千倍もの家族を見てきた私に言わせれば、働きながらも子どもを理Ⅲに合格させた保護者もたくさんいますし、いつでも、「子育ては、親の決意・決断によりそれぞれの形がある」のです。
「なるほど、そういう強い信念をお持ちだったんですね」と聞いていれば良いし、ギクッとする必要はないのです。
スポーツによる祝祭の一年。
一緒に応援し、一緒に体験し、家族の思い出をたくさん作るチャンスですね。
他人の言葉は参考にしながら、わが家の方針をしっかり持って、子どもたちの輝きを見つめて、子どもたちの心を感じて、みんなで助け合いながら歩いていきましょう。
花まる学習会代表 高濱正伸
花まる学習会代表・NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長。1993年、「この国は自立できない大人を量産している」という問題意識から、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」を設立。1995年には、小学校4年生から中学3年生を対象とした進学塾「スクールFC」を設立。チラシなし、口コミだけで、母親たちが場所探しから会員集めまでしてくれる形で広がり、当初20名だった会員数は、23年目で20000人を超す。また、同会が主催する野外体験企画であるサマースクールや雪国スクールは大変好評で、延べ50000人を引率した実績がある。 各地で精力的に行っている、保護者などを対象にした講演会の参加者は年間30000人を超え、毎回キャンセル待ちが出るほど盛況。なかには“追っかけママ”もいるほどの人気ぶり。