【高濱コラム】『卒業するキミへ ~自分は自分~』 2025年3月

【高濱コラム】『卒業するキミへ ~自分は自分~』 2025年3月

 つい先日、立て続けに教え子に会いました。一人は市役所の駐車場で「高濱先生!」と声をかけてきた見知らぬ男の人。それは35歳になった教え子Hくんでした。小一から中三までかかわったので、もちろんすぐに思い出しました。初期の頃、まだ全体で数百人しか会員がいなかった世代で、サマースクールに行けない子がいるからと私が運転して「追加のサマースクール」をやったなとか、種まきから収穫・そば打ちまでの体験教室もやったなとか、甲子園に行った子がいたな等々、瞬時にたくさんの記憶が思い出されました。そして「よし、飲みにいこう」と提案したら、すぐに手の届く範囲の友人を集めてくれました。今回は男子ばかり5人。どちらかと言うと優秀な(結局、早慶東大や医学部に行った)女子軍団と問題だらけの男子軍団という印象だったので、正直自立しているか心配していた子たちだったんだけれど、会ってみたらみんな体幹もしっかりしていて元気。そしてすごい資産家になっている子や、一級建築士になっている子、聞いたこともない超高級(一つ数千万~一億円)ブランドの腕時計職人になっている子など、それぞれ道を探して立派になっていて安心しました。歯科医の跡継ぎになると思っていた子は大学病院の口腔外科で「手術屋」として力をつけたそうで、「跡は継ぎません。親父には言いました。僕、器用なんですよ。むしろ虫歯とかはわからないんです」と言って、目をキラキラさせていました。まあ男ばかりだから、下ネタをはじめここに書けない話題で笑い転げて過ごして、実に幸せな時間でした。その日集まれなかった女子からも「次は絶対に行きます」とメッセージが来ていたので、恒例になりそうです。

 二人目は、いま22歳のSくん。お母さまから「友人の子が不登校で」と相談があったので、返答したついでにSくんの消息を聞いたら、私の出身大学の学部まで同じ後輩になっているという。すぐに連絡先を交換して二人で飲みにいきました。彼は、中学受験をした人には参考になるかもしれないよ。彼がいたのはスーパー算数という授業の伝説のクラス。甲府や水戸から南浦和まで通ってきていた子もいたし、上位3人くらいが例年のレベルを超えてスーパー優秀で、それぞれ灘・筑駒・開成に悠々と合格していった組。そんな子が10人くらいいるクラスで、彼は普通には優秀なんだけれどいつも一番下くらいだった。「あのクラスは毎回大変だったんじゃない?」と聞くと、「いやそれはもう自信失くしますよ。なんだこいつら、すごすぎるって」との返答。しかも彼は第三志望の中学に進学。
 しかし、いまの彼は農学部で大学院に行くことを決めているし、中高テニス部、大学では体育会のバドミントン部で鍛えたという体はガッシリしていて、表情も爽やかだし、これはモテるなと思って聞いたら、「はい、まあ(モテます)」と笑顔の返事でした。ここからがみんなの参考になるところなんだけれど、まず彼のお母さまが立派だった。もともとほかの生徒と比べないし、いつも笑顔でのんびりした空気だった。「のんびり母さんにはずれなし」と講演で言っているんだけれど、その典型だよね。だから第一志望ではないけれど、「行った先があなたの運命の学校」という受け止め方を親子で自然にできたそうで、自己肯定感がまったくひしゃげなかったんだな。「お母さん、お前のこと溺愛だったもんな」と言うと、「間違いないです」との返事。入試結果を引きずって暗くなる親子もいるなかで、切り替え、すぐにスッキリ前を向いたことが、いまの輝く彼につながっているなと感じました。
 そして「行った先で上位」が一番幸せと講演会で言っているんだけれど、彼はその典型になったんだ。中高6年間ずっと5番以内くらいだったので「俺ってできるんだな」という自己像になったそうです。このパターンは何人も見てきたので、中学受験をした人には伝えておきます。

 三人目はYさん。これもお母さまとSNSでつながっていて、たまたまやり取りしたときに彼女が帰国していると知り、会うことになりました。彼女の経歴は少し変わっていて、ニューヨーク生まれで小三までアメリカ育ち。帰国して小四から小六まで花まる学習会に通い、サマースクール「高濱先生と行く修学旅行」に小五と小六で二回(石巻・女川と、長崎・熊本)参加した子。東北のときはモリウミアスという施設で私のバンドKARINBAのメンバーも途中参加してみんなで合唱し、それをCDにしたりしました。その後、地元の公立中から都立西高へ。留学の費用を全部出してくれる企画に申し込んだら採用され、二年生からイギリス留学。そこで高校を卒業し、ケンブリッジ大学へ。そして卒業して、帰国し東大の大学院に通っているとのことでした。
 おもしろかったのは、将来何になりたいかを聞いたとき。「私、二足の草鞋でいきたいんです」とキッパリ言う。聞くと「研究が向いているので一つは研究者。そしてもう一つは歌手です」とのこと。「?」が数個私の頭に湧いてきて「歌手?」と聞きなおしました。ところが彼女がYouTubeに上げた歌声を聞いて驚愕。発声から細やかな技巧まで、もうめちゃくちゃうまいのです。まあうまいだけではプロにはなれないのだけれど、うまさだけで言えば基準通過だなと感じました。聞いたら、ニューヨーク時代に聖歌隊に入っていて、そこの先生が有名でものすごく上手な教え方で指導してくれたのだそうです。「修学旅行中に、高濱先生に褒められてずっと歌っていたことを覚えています。自信になったんですよ」とのことでした。「研究でノーベル賞、音楽でグラミー賞を取れたらいいね」と冗談を言ったのですが、何と言っても「私は研究と歌」と見切って迷いのない感じが素敵でした。

 さて卒業の季節。振り返ればコロナ禍もあった。マスクをして黙って食事をして接触はしないよう気をつけて等々、二度と戻りたくない制約のある日々だったよね。でもそれも貴重な経験。歴史に残る時代を過ごした先輩としていつか「おばあちゃんが小学校のときはコロナっていうのが流行って大変だったんだよ」と語れるし、それは聞き手を惹きつける価値ある情報を持っているということでもある。失敗や苦労の経験の話って、実は人を引き込むんだよね。
 間違っても愚痴を言ったり嘆いたりするだけの人にならないようにね。いまある自分の資本(たとえば、歩いたり走ったりできることだけでも力になるし、頑張ればいくらでも学べること、友達が多いこと、集中したら時間を忘れるくらい好きなものがあること、まだまだ若いキミたちにはたくさんの時間が残されていること等々)を正視して、それらを活かして最高に楽しい自分だけの人生ゲームを構築していってください。
 いつだって「これからの人生の初日」。人と比べず、自分の心を見つめ、日記を書いて日々内省しながら楽しい人生にしてください。そして上記の先輩たちみたいに、誇りを持って自分の道を歩いてほしいと思います。いつか道で見かけたりしたら声をかけてくださいね。先生たちにとって、それこそが本当に本当に嬉しいし幸せなことなんだよ。また、もしも悩んだり迷ったりしたら、いつでも先生たちに相談してください。ずっと味方です。
 卒業おめでとう!

花まる学習会代表 高濱正伸


🌸著者|高濱正伸

高濱 正伸 花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。

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