舞台に立って英語だけで15分ほどの主張を開陳するTED。3月、その一つである「TEDxOgikubo」に登壇しました。誘われたからなのですが、「英語で世界に向けてスピーチできる文化を日本の子どもたちにも」という理念に共感したことが決め手でした。人前でしゃべるときに照れてしまう文化性や、会話としての英語力の低さは、海外で活躍する方々が異口同音に指摘する我々の長年の弱点ですが、まあそれは、英語の学校に行くとか、留学するとか、商社マンになって赴任するとか、「必然」に追い込まれさえすれば基本的には克服できる。ただ、「教養や哲学など中身のある会話」は、また一段階レベルを上げる経験が必要。そしてそれを克服する具体策が、まさにこの形(自分の考えを日本語で確かに中身がある形で文章にし、英訳し、暗唱し、発表すること)だと確信していたからです。
そしてそれは、実は大人たちにこそ最適な語学学習法でもあると信じていたので、良い機会だと思い自分自身に強いることにしました。とまあ偉そうに書きましたが、現実は厳しく、弾き飛ばされました。人前で話すのは誰よりも慣れているし、予備校で英語を教えていたこともあるし、20代半ばのバックパッカー時代には「キミは本当に日本人か(ネイティブではないのか)」と言われるくらいに話せていたので、何とかなるだろうと思っていました。しかし、まず外国語の能力というのは使わないとこんなにも衰えるのかと、忘却ぶりに愕然としました。そして「暗記」の壁が立ちはだかりました。もともと丸暗記は苦手でしたが、自分でもこんなに入らないのかと失望するくらい覚えられません。最後は善意の仲間のカンペに頼ってチラ見しながらの発表となりました。対照的に、一緒に出演していた帰国子女やナショナルスクールの小中学生の発音や発表ぶりは実に見事でした。
ただそれでも、ない時間を削って毎日15分でも音読を繰り返した一か月の成果で、夜中に聞き流しているCNNのニュースが、明らかに聞き取りやすくなっているのを感じました。幸いにも日本語→英語の翻訳は、どんなに長くてもChatGPTで瞬間に精緻にやってくれる時代。自分を追い込む意義を十分に感じたので、何らかの形で、この修行は続けたいと思います。
さて、花まる学習会は、この2月で創立30周年を迎えました。過ぎ去れば一瞬のようにも思えるし、2冊や3冊では書ききれないくらい、輝く思い出にあふれる30年間でもありました。いやなことはすぐに綺麗さっぱり忘れてしまう性格なので、何だか良いことしか起きなかったような記憶に修正されているのは、我ながらおめでたいところです。
ちょうど、この2月に嬉しい話がありました。ある新入会の子のお母さんが、入会理由を聞かれたとき、こう答えられたそうです。「近所のお母さんにすすめられました。その方はずいぶん前に娘さんを花まるに入れたが、おかげで、中・高と勉強では困らなかったそう。花まるでの一番の思い出は、夜に電話がかかってきて『今夜はみんなで星を観るので遅くなります』と言われたことだそうです」と。なるほど、お母さんにとっては記憶に残る電話だったのでしょうね。
私にとっては、もうそれは思い出だらけです。頭は良いけれど少し人にキツく当たる面もあったのに、お父さんとの毎朝のマラソンでコンプレックスだった運動に自信を持ち、心身ともに健やかで見事な育ちをした子。「スーパー算数」も、この子や同級生と作り出した授業だったし、夏期講習では毎日毎日昼には公園や神社で遊んだものです。お父さんは、子どもとの釣り遠足にも参加して協力してくださるほど娘の子育てに一生懸命な方でもありました。私の結婚式にもこの学年の子たちがみんなで来て、体操を披露してくれもしました。本人の結婚式では、最初の入場の時点で、エスコートするお父さんを見て「このお父さんあっての輝くいまだよな」と涙がとまらなかったことも鮮明な記憶です。
その子のお母さんが、30年経ってもこうやって若いお母さんに花まるを推薦してくださっていることに感動しました。実は、その同じ第一号教室のもう一人の会員(釣りや遠足など何回も行った男の子)が、父親となってわが子を預けてくれることになったというニュースも入りました。私自身は、ただただ必死の日々でもありましたが、「たくさんかわいがった分、伝わっていたんだな、返ってくるんだな」と嬉しくなりましたし、30年経って合格の通知表をもらったような、しみじみとした感慨が湧いてきました。
それにしても、実績のないなかで私の夢や目標を聞くだけで開催を認めてくださった幼稚園の園長先生方、わが子を預けようと決断してくださった保護者のみなさま、我々のわがままな(たとえば「秘密基地を作るのにちょうど良い森を探してほしいんです」というような)要望を聞いて、サマースクールや雪国スクールをともに創り上げてくださった宿の方々…、実に多くのみなさまのご支援のおかげで、生存競争厳しい塾の世界で30年間なんとか生き残ることができました。本当に本当にありがとうございました。
今回、10周年や20周年でやったような、大きな記念イベントの開催も考えたのですが、巨大会場を一年前から押さえる必要などがあり、この一年のコロナの状況では先が読めず無理でした。いくつかできることを考えていますが、5年前に行って大きな感謝の声をいただいた「講演会無料企画」が、やはり最も喜んでいただけるかなと、まず実施することにしました。会員が在籍する幼稚園・保育園・子ども園・小中学校やPTAの主催する講演ならば、謝礼なしでお引き受けいたします。ご利用ください。
31年目。新しい年度が始まります。私自身が個人としてもそうですが、花まるグループ全体としても30年の分厚い経験が蓄積されています。子育てはそれぞれの年齢ごとに、心配事が湧いてくるもの。どんな子のどんな悩みでも大丈夫です。教室長を通じて、いつでもご相談ください。毎日が幸せで、最高の子育ての一年間になりますように。
花まる学習会代表 高濱正伸
🌸著者|高濱正伸
花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。