【高濱コラム】『育ちゆくもの』 2022年4月

【高濱コラム】『育ちゆくもの』 2022年4月

 花まる学習会は、1993年の4月にスタートしました。まる29年が過ぎ、この春から30年目に入ります。私が教室長を務める幼稚園教室で、3月最終回に行われた「卒業式」では、13名の6年生がいたのですが、ちょうど学校の卒業式とピッタリ同じ日になったこともあって、キチンと式典用に着飾った服で来ていました。前にズラリと並んだときには、その凛々しい姿を見ただけで、胸が熱くなりました。小さいときは、やんちゃだったり泣き虫だったり、大いに困らせた子たちが、みんなハキハキと自分の言葉で挨拶していて、心がポカポカする時間でした。

 数日前にオンラインで行った「卒業記念講演」を観てくれた子たちからは、手紙をもらいました。まだまだかわいく見えるのに、「心を揺さぶられました」という感想は嬉しかったですし、「迷ったらきつい方を取れ」という言葉に反応している子が多かったのは、意外でした。手紙を読むと、小6くらいだと小さい頃のこともよく覚えているんだなと思いました。また、姿勢の良さ一つでも「認められた瞬間」のことは、みんな記憶に残っているんだなとわかりました。そして、サマースクールや雪国スクールは、大きな経験として心に焼きつけられていることも伝わりました。「高校生や大学生のリーダーになったら無人島に行きたい」と書いている男の子も多かったです。

 実は、その授業の前に、ある卒業生が来てくれていました。小6で建築士のお父さんを亡くし、年の離れた弟二人を育てるお母さんを助けながら、頑張って生きてきた女の子です。3年前に高校に入学したときには、この欄でも一連の経緯を書きました。文章の最後は、入学直後に学校から聞かれた希望進路に、お父さんと同じ「建築」と書いたというものでした。そして今日来てくれたのは、建築士になれる国立の難関(特に二次は13倍だったとのこと)大学に、合格したという報告のためでした。ご家族の様々な苦労もよく知っているし、卒業後も、本人も(お母さんも)しばしば相談に来ていたので、野球部のマネージャーに燃える青春を過ごしながらも、初志貫徹、現役で合格を勝ち取ったことを、娘のことのように嬉しく思いました。
 報告の中でこう教えてくれました。一回目は不合格で、二回目はより厳しいし落ちても浪人はできない。仮に落ちても、押さえで合格している地元の大学の方が、家賃もいらないとか元々の友達も多いとか良い面があるんだと、お母さんを安心させる理論武装を考えていたそうです。二次の面接では、「私は、出逢った人に恵まれていて、これからそのみなさんに恩返ししていきたい」と言ったとのこと。そして、そんな言葉が出てきたのは、「読書のおかげだと思っています。読書の賜物」ということでした。

 卒業式に戻ると、私から子どもたちにかける言葉では、ちょうど今日こういうことがあったんだよと、その女の子のことを話そうとしたら、急に熱いものがこみ上げてきて、少し泣いてしまいましたが、言おうとしたことは、その子のように困ったり相談があったりしたらいつでも来いよ、味方だよ、ということでした。

 さて、考える力と言葉の力と野外体験の大事さに注目し「メシが食える大人に」と標榜して、ひたすらに子どもたちと向き合って29年。たまたま雑誌の書評コラムで取り上げた本(『子どもが心配 人として大事な三つの力(養老孟司)』PHP新書)が、全体として共感できることばかりだったのですが、中に、このような文章がありました。

高橋(慶応大学医学部小児科主任教授) 私はやはり、子どもにとって本当の意味で良い環境とは、何不自由のない暮らしをさせることではなく、キャンプのように、適度なストレスがある状態だと思います。いろんな種類の適度なストレスが子どもに働きかけることで、心と体はどんどん育っていくのです。(中略)
養老 そう考えると、子どもたちには自分で火をおこさせて、できなければ飯が食えないくらいがちょうどいいかもしれませんね。一食くらい抜いたって、どうってことありませんよ。もちろん、一人でやらせるのではなく、仲間と共同で作業させればより得るものが大きいでしょう。
高橋 複数の他人と共同で作業したり、寝食をともにしたりすることで、子どもにとって非常に良い「揺らぎ」が生じます。何か予期せぬ出来事が起きれば、新たな刺激が脳に加わるわけです。事故にならない程度に、小さな失敗を経験させてあげるべきです。そうすることで、子どもたちは人に対する想像力や共感力をおのずと培っていくのでしょう。どんな家庭に生まれようとも、さらに言えば子どもであれ大人であれ、結局は「相手には相手の事情がある」と慮れる力が、自分自身を幸せにするのだと思います。


『子どもが心配 人として大事な三つの力』 養老孟司 著/ PHP新書

 どうでしょう。会員のみなさまは、まさに花まるが29年やってきたことそのものだとお感じでしょう。勝手に、大きな応援を得たような気持ちにもなりました。ちなみに、この本は、養老さんが専門家4人にインタビューする形式で構成されているのですが、ネットゲーム依存者の脳で起きていることなどの解説も学びになりますし、野外体験や共感の重要性等々、大事なことを再確認できる書籍でした。

 さて、30回目の春。みんなそれぞれに少しだけ大きくなります。外に目を向けると、疫病も天災も戦争も、同時に存在するような時代。大人こそがメンタルをやられそうになりますが、失ったあれこれを数えるのでなく、輝く子どもたちと人生を過ごせる奇跡に、感謝して生きていきたいですね。私たちも、授業や野外体験の現場で、伸びゆく子どもたちと、本気で向き合える幸せをかみしめながら、少しでも貢献できるよう精進していきたいと思っています。本年度も、よろしくお願いいたします。

花まる学習会代表 高濱正伸


🌸著者|高濱正伸

高濱 正伸 花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。

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