高濱コラム

【高濱コラム】『やるべきこと』 2021年4月

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 ちょうど一年前に『自粛期間中に親だからできること』というYouTube講演を行いました。今は世界を覆う非常時だ。私にとって一番大事なのは子どもたちで、その子の心に最も影響を与えるのは親、特に母親の心の安定である。だからお母さんたちの力になりたい。その一心でした。5万回近く再生され、少しは役に立てていれば嬉しいのですが、そのとき「第二波・第三波と来るかもしれない。変異するかもしれない」と発言しました。科学的には自然で十分起こり得ることだとはいえ、本音は、最悪を想定して準備しようと伝えるために、少し大げさに言ったつもりでした。しかし現実は、一年たってもこの寄せては引く吐き気のような重苦しい波が繰り返され、変異型も複数確認されています。
 ただし、曇り空の中にも確実に見えてきた部分もあって、一年前の「正体不明」であった状態よりは、ウイルスの振る舞いと対策を、ほぼ突き止められつつあります。マスク・検温・手指消毒・ソーシャルディスタンス・アクリル板・ゾーニングなどの新しい生活様式をきちんとやりきること、特に飛沫(唾液)がかかり合うような状況だけは作らないこと、と明確です。昨年7月のリアル教室再開以降10か月経ちますが、ここの徹底によって、教室内・社員間での感染は完全にゼロで押さえることができています。ワクチンの効果も徐々に加速するでしょう。「またかよ」と失望するのではなく、「第5波ね、オッケー、どんと来いだよ」と、心にこだわりや失意を残さない柔軟な態度が大事であろうと思われます。

 さて、3月は雪国スクールを挙行しました。一番の不安項目が、全員での食事でした。笑顔とともに会話が弾む時間だからです。ここは野外体験部が発案し宿と交渉して成立したのですが、食事部屋に入る人数を半分にして(食事ごとに二回の開催)、離れて座り、全員が同じ方向を向いて、一言もしゃべらない黙食を実行しました。驚いたのは、年長から6年生までいるのに、本当にシンとして全員やりきれていたことです。「黙食している子ども」と聞くと、可哀そうというイメージがあるかもしれませんが、学校でも教わっているのでしょう、「何が一番怖いのか」を理解し、「楽しい会話は必ずマスクをして」という行動規範を身につけ、やりきっている姿には、健気さとともに、逞しさと生命力を感じました。これまでの文化への拘りから抜けられず、近距離でベチャクチャしゃべって飲食している大人たちよりよほど立派で、爪の垢でも煎じて飲ませたいとすら感じました。いたずらに怖がりゼロリスクを願って萎縮するのではなく、より正確な情報を集め、正しく恐れてリスクを最小限に抑えながら、子どもたちの心が躍動する経験の場を再生していきたいと思います。

 ところで、先日、教え子の高校生のことがネットで特集記事になりました。社員の間でもずっと有名だった子です。「名古屋から東京に通うから、小2の娘さんを入会させてくれというお母さんがいるんですけど」と聞いたときは、「気持ちはありがたいけど、通い続けられないでしょう」と答えました。しかし何度かやり取りがあったあと、結局は情熱に押し切られる形で入会を受け入れました。それからは、通い続けてくれただけではなく、いくつもの記憶に残るエピソードを積み上げてくれました。
 たとえば、小4の頃、一人で東京に向かうため、名古屋駅行きの私鉄のホームで待っていたときのこと。ヨチヨチ歩きの子が、お母さんが目を離した隙に線路に落下しそうになったのを見つけ、手をつかまえて救った。「お嬢ちゃんありがとう」と言う母親に「このくらいの年齢の子の手を離したらダメですよ」と注意した。駅員に表彰したいから住所と名前を教えてくれと言われたら「特算(スクールFCで行っていた特別算数授業)に間に合わないので」と告げて乗り込んだ。
 中1のとき、カンボジアの修学旅行に参加したら、感動して2週間後には一人でカンボジアに向かった。その後も単身で何度も通い、縁のできた村が災害で水道のパイプが壊されたときには、独力助けに向かい実際に修繕した、というような感じです。本当はもっと凄いエピソードがいくつもあるのですが、勝手に書くわけにはいかないことも多く、これは、いつか本人が書くでしょう。
 もともと日本にいたときは、あれこれ活動する合間に、障がいの子のアート教室に無償で手伝いに通うような子でもあり、今ではスイスのボーディングスクールに通っているのですが、将来は医師となって、世界の困っている人を救う仕事をしたいそうです。綺麗事でなく心底そういう気持ちなのだなと感じる、誇らしい教え子です。
 その高い献身の意識、社会的弱者へのマザーテレサ的な視線と突き抜けた行動力など、彼女を育てた家庭には興味があってずっと見てきたのですが、一番参考になるのが、やりたいことは否定せずやらせてくれる自由もありながら、「挨拶」「ハイという返事」「靴揃え」の3つだけは、厳しくしつけられたということでした。この最低限ここだけは何があっても絶対守らせるという、家庭の規範基準(家訓などにするとさらに良いでしょう)があることは、深いところで人格の基礎を作り、周りの人に信頼されたり、耐え抜く精神力や高い志を持つ土台となるのだと思います。
 ちょうど先月紹介した、京都大のKくんも、おだやかでいつも笑顔のお母さんでしたが、Kくんによると「これだけは守る」ということを破ったときだけは、めちゃくちゃ怖かったと言っていました。同じです。知・情・意・体ともに素敵な育ちをしている人の根っこに、「家庭の規範の盤石」あり、と言えるでしょう。
 子どもは、それぞれに持って生まれた能力と、独自の関心を持ちながら、種が芽を出し伸びるように成長します。せっかく家庭という最初の社会ユニットで、親として関われるとしたら、最高のギフトは、「揺るがぬ規範」を示してあげることでしょう。
 ちょうど新年度でもあり、ここを親として見つめ、夫婦であればしっかり話し合い、家訓として確認するのは、良いときではないでしょうか。生き残るためと認識すれば、子どもの性質に反するような黙食すら、完全に全員でやりとげることができるような、しなやかな生命力を持っている子どもたち。「おうちのきまり」を明確にしてあげることで、将来の信頼や行動力や知力の土台を確かなものにしてあげましょう。

 ちなみに私はというと、つい先日行った歯医者さんで、以前教えてもらった磨き方が甘くなり、歯茎や歯に悪い影響が出ていることを指摘されました。10年前だったか、最初に指導を受けたときには感動し、時間をかけて一本一本磨く価値を楽しむほどだったのですが、いつの間にか「ま、このくらいでいいか」になってしまっているのでした。「わかっちゃいるけど、つい」のこの体たらくを繰り返すのが、凡人の凡人たるゆえんですが、反省しました。新しい年度の始まりに、子どもたちの真摯な心に触れ、睡眠・食事・運動・時間管理等々、自分こそやるべきことを「良き習慣」として再定着させねばと、痛感する春になりました。

花まる学習会代表 高濱正伸

■中学受験ナビ
「どうしてもここで学びたい!」小1から新幹線通塾を続けた女の子が、発展途上国の支援に飛び出すまでの軌跡|「自分のやりたい!」がある子はどう育ったのか(2021年3月31日中学受験ナビ)


著者|高濱 正伸

高濱 正伸 花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。

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