【高濱コラム】『食事のおやくそく』 2023年6月

【高濱コラム】『食事のおやくそく』 2023年6月

 コロナも徐々に怖くなくなってきたこの数か月で起こったことです。幼児から小学生くらいのお子さんをお持ちのご夫婦と食事する機会が、数回ありました。興味深かったのは、どの家庭も、私とご両親が歓談しながら食事をしている間、お子さんがスマホ漬けだったことです。YouTubeかゲームのどちらかですが、食べるのもそこそこにずーっと画面に見入っている。私が驚いたのは、1軒や2軒でなく、全家庭がその事態にほとんど注意しなかったことです。
 コロナ渦の3年、家族全員がずっと家にいた期間も含めて、「画面を見ていてくれればおとなしい」ということで、子守代わりにスマホを見させるしかない事情もあったのかなとは思います。しかし、昭和や平成のお呼ばれの食事会では、子どもがこうだったら「やめなさい! いまは食べる時間です」「お客さまに失礼ですよ」等と、ビシッと叱る親が、ほとんどだったと記憶しています。
 パンデミックは世界を変えるといいますが、ああ、この「しつけの常識の変容」も、その一つかなと感じました。
 いつも講演で語っているように、「しつけに正解はない。生き方や哲学と同じで、両親が決意し決定すること」なので、忠告はしませんでしたが、少しムズムズする感覚がありました。それは、食事時以外のその子どもたちへの指示もやや通りにくいし、大丈夫かなと感じる場面がいくつかあったからです。みなさんのご家庭はどうですか?

 一方で、こういうこともありました。
 ある幼稚園でのこと、今年は年中さんも年長さんも、やけにマナーがしっかりしているというか、一言で表現すると「整っている」なと感じていたら、園長先生も同じことを感じていたそうです。そして、こう分析されました。今年から園のなかに厨房を建設し給食を始めた。教室ではみんな並んで「多めにお願いします」などと食べたい量を申告してついでもらったり、みんなの配膳が終わるまでお行儀よく待ったりしなければならない。「ちゃんとしないと食べられないかもしれない」と感じるかはわからないが、生きるのに一番大事な食糧を前にすると最も切実な想いが湧き出て、「マナーへの集中力」が上昇するのではないか、と。
 アシカやイルカのショーや、動物がお利口に技を披露する見せ物などは、「頑張ってできたらエサをもらえる」ことでしつけられていますが、類似したメカニズムで、子どもたちのマナーが向上しているのかもしれません。
 この2つの事例が、立て続けに起こって思ったのは、以下のことです。たとえば上の子が5歳の子を持つ親は、親としてたかだか5年目。「年中さんの親として新米」「小学生の親として新米」と、その年齢年齢でいつも悩みながら手探りで育てています。そして、どの親も「しつけ」では困ることも多いものです。そんなとき具体策として「まず食事時のマナー教育だけはがんばってみる」といいのではないかということです。挨拶のお辞儀がヘナヘナしていようが、脱いだ靴をなかなか揃えられなかろうが、かばんのなかが何度言ってもグチャグチャだろうが、まずは「全部が全部ちゃんと」と力まず大らかに構えながら、しかし食事時だけは厳しい親になる、ということ。
 実際、長い教育現場を思い返してみても、宿題を忘れないとか姿勢がよく真剣に取り組めるとか、毎日決まった時間にあさがお(書き写し教材)とサボテン(計算教材)の習慣化課題をきちんとこなせる子は、サマースクールに行ってみると、「食事のお作法」がよく身についているなということが多かったです。
 「マナー育成は、まず食事時から」まだまだ仮説ですが有力だと思います。しつけ全般に自信がない方などは、ぜひ挑戦してみてください。

 最後に、俯瞰する意味で、私のしつけ論をまとめておきます。

①決意…しつけに正解はない。生き方や哲学と同じで、親が決意することである。

②二大柱…幼児期の子育ての核心は、「愛(無償の愛。私の存在を喜んでくれる人のぬくもりと眼差し)」と「しつけ(無数の他人と生きていく社会で困らぬよう『ならぬものはならぬ』と刷り込んであげること)」である。

③肯定感の本質…さまざまな生きる力・能力を育む一番下の土台が「自己肯定感」であるが、それは「愛」という鉄筋と「しつけ」というコンクリートで構成されているとも表現できる。

④家訓のすすめ…両親それぞれの家庭のしつけ項目を背負ってともに暮らしているので、夫婦お互いの「当たり前」は、ぶつかることも多い。だからこそ、わが子のしつけについては、条約協定のように、きちんと話し合い擦り合わせて「家訓」のように言語化し可視化しておくほうがうまくいく。

⑤子どもの抵抗には…①でも書いた通り、正解や真実ではなく、不確実性に満ちた人生を先に生きた者としての親の決意なので、「絶対ですか?」と反論されれば絶対ではないことばかりである。だからこそ、「Aくん家では◯◯なのに」という類の抵抗には、「よそはよそ、うちはうち。お父さんとお母さんの子どもなんだから家訓を守りなさい」と言い切るしかないものである。子どもはその断言で安心する(思春期には、その殻〈型〉を自分で破って、自らの哲学を構築していく)。

⑥歯磨きのように…「朝、決まった時間に起きること」は、私だけではなく、育ちの現場に精通した専門家がこぞって大切だと書いている。「歯磨きのように毎日当たり前」にしてあげてほしい。 

⑦おしまい…没頭力がもてはやされ「熱中しているときには止めるな」と言われるし、方向性は正しいが、人生は有限(で次にやらねばならないことはあるもの)だ。基本的には没頭や熱中を大切にしながらも、「親がおしまいと言ったらおしまい」と言い切ることも、迷わないでほしい。

 しつけ論は究極「流派」のようなもので、ここに書いたのは私の信念にすぎません。この機会に、これを叩き台として、ご夫婦で話し合ったり、考えたりしてみてはどうでしょうか。

花まる学習会代表 高濱正伸


🌸著者|高濱正伸

高濱 正伸 花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。

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