もう20年も前、毎月新幹線に乗って会いに来てくれる男の子がいました。私が児童精神科医の稲垣孝先生とともに、こころの相談室をやっていたころのことです。彼は中学校には行っておらず、カウンセリングのためにひとりで新幹線に乗り、浦和までやってきていました。
箱庭をやる子、絵画療法をやる子、言語以外のものを介して、心の内を浄化していく時間は、その子その子に応じて、いわばオーダーメイドのような形で対応します。彼の場合は、家で編集してきた鉄道の発車メロディを集めたCDでした。彼はほとんどしゃべりませんし、私も何かを問うことはしません。ただひたすらに、発車メロディをじっくり傾聴する。そんな時間を一体何十時間続けただろうか、あるとき彼にとって、相談室は必要なくなりました。
あの時間は、「待つ」時間だったのだなと感じます。「待つ」というのは、ものを育てるときの神髄です。余計なことを言ったりしないで、そのままでいいよ、と信じて待ってあげる。欠点も短所もまるごとそのままのあなたでいい。みんながそれぞれに価値があるんだよ、という気持ちで。それは本当に難しいことですが。教育とは、どの子どもも必ず持っているその子特有の長所を見つけて、それに感動してあげることだと思います。そしてそのことを子どもに伝えてあげること。私たち大人はしばしば、だめなところを、ダメだよ、と、欠点を気づかせてしまって、長所を気づかせてあげることをしないのかもしれません。
長所というのは、本人も気づかないくらい当たり前にできたりすることです。だから埋もれてしまって、気づかずに終わってしまうことがあります。短所を直すなんて本当はしなくてもいい。欠点はそのままにしておいて、長所をどんどん伸ばしてあげる、または、本人に気づかせてあげる。そのことがどれだけ大切なことか、と日々思います。
オトナの価値観で口出しや手出しをせず、見守り、観察することで見えてくる、「その子らしさ」の輪郭。「自分で選択する」ことを奨励した結果、「多様である」ことを尊重できること、「みんなと同じでなくていい、自分らしさ」を自覚することができる環境の設定。そして、好きなものを、好きなんだね、と共感する。「いいね、すごいね」と一緒に愉しむ。そんな相手がいれば、人は自分の力で自分を癒し、歩いていける。そういうことなのだな、とこれまで出会ってきたたくさんの子どもたちが教えてくれました。
子どもたちが、自分のことを好きになれるように育ててあげたい。そのままで、ありのままの自分を。そんな気持ちで、2021年も花まるグループは子どもたちとみなさんとともに、未来を作っていく彼らとともにありたいと願っています。今年もよろしくお願いいたします。
井岡 由実(Rin)
国内外での創作・音楽活動や展示を続けながら、 「芸術を通した感性の育成」をテーマに「ARTのとびら」を主宰。教育×ARTの交わるところを世の中に発信し続けている。著書に『こころと頭を同時に伸ばすAI時代の子育て』 (実務教育出版)ほか。