1年半くらい前のこと。課題を終えていないにもかかわらず帰ろうとするHくんに声をかけました。「まだ、算数終わっていないよね? やって帰ろう」それに対する反応は「え~。居残りしないといけないの? いやだよ、俺。このあとサッカーあるし」「いや、それでもやって帰ろう!」。
「やるべきことをやりきってから帰る」これは私の信念です。ここまで手を緩めず伝えるのには理由があります。それは「わからないままにしない」「間違えたままにしない」という正しい学習観をもっているということが、あと伸びする子の共通項だから。「そこまででいいよ」としてしまうのは簡単ですが、それではわからないまま、間違えたままで終わってしまい、結果本人が困る。理念を伝えれば子どもは変わる。それほど教育は甘くありません。伝えたあと、子どもが実際に行動してそれを繰り返して、初めて理念が信念に変わります。だからこそ、逃さず伝えるのです。
その翌週、終わりの挨拶をするとHくんが私の顔をチラッと見ました。「先生見てるかな?」その思いは容易に想像できました。ただ、ここは勝負どころ。あえて何も声をかけませんでした。すると、カバンから算数のノートを出し「やらなきゃ帰れないからやるか」と呟いて取り組みはじめました。
「見ていたよ、H。いま、帰ろうとすることもできたと思うんだよ。でも自分に厳しく逃げずに向き合おうとしたことが先生はすごいと思ったよ。もう少しだから、一緒にやろう」そう言うと、Hくんははにかんだあと、10分ほど算数の課題に取り組み、最後までやりきって帰りました。
そしてその2か月後、Hくんがこのような作文を書きました。この日のテーマは「これまで一番がんばったことを書きましょう」でした。
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「かえりたい」
ぼくは帰りたい。花まるは4年から国語、算数これらすべておわるまで終わらない。おわるけれど終わらない。いのこりなしにしてほしい。早く帰りたい。
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がんばりをずっと近くで見てきただけに、切実な思いが伝わってきました。昔のように不満を決して口にすることはないけれども、彼は毎回こういう思いを抱え、唇を噛みしめながら最後までやりきって帰っている。観念であり、まだ信念になっていないからこそ、当然大変さを感じる。いまが踏ん張りどき。それを乗り切った先に得られる大きいものがある。だから、この気持ちと闘いながらがんばろう。それが私の思いでした。
それから1か月後、Hくんと同じ4年生の男の子が体験授業を受けに来ました。「ここは花まる学習会というところです。学校と同じように勉強をするところなんだけれど、大事にしていることがあります」「はい!」Hくんが威勢のいい声で手を挙げました。
「花まるで大事にしていることは、やりきること! 最後までやって帰ること」
花まる人生5年目の彼の口からとっさに出てきた言葉が「やりきること」。涙が出そうになるくらいの喜びがありました。彼はいま、5年生。花まるの課題を終えるとカバンから学校の宿題をとり出し、「先生、これ難しいんだよ。教えて」と自ら居残り勉強をしています。
自分の口からとっさに出る言葉。それは自分の頭や心に刻まれていないと出てこないものです。最初はわからず「先生が言うから」で自分の心と葛藤しながらやっている。しかし、それを10回20回と繰り返すうちに「本当にその通りだ」とだんだん腑に落ちてくる。こうやって子どもたちは「観念」を「信念」に変えていきます。心と頭の折り合いを上手くつけながら、いやなこと、大変なことにも向き合えるようになるのが高学年の子どもたち。Hくん以外にも苦難を乗り越えて、観念を信念に変えた子どもたちを見てきました。早い遅いではなく、そのときが必ず来る。だからこそ、明日、明後日、明々後日、いつまでもいつまでも待ち続けます。
花まる学習会 坂口徹(2024年)
*・*・*花まる教室長コラム*・*・*
それぞれの教室長が、子どもたちとの日々のかかわりのなかでの気づきや思いをまとめたものです。毎月末に発行している花まるだよりとともに、会員の皆様にお渡ししています。