【高濱コラム】『見上げる大人』 2024年6月

【高濱コラム】『見上げる大人』 2024年6月

 京都妙心寺副住職でスタンフォード大学などでも教鞭を執っている松山大耕氏が、アメリカの最新の研究でおもしろい結果が出たけれど知っていますかと言って、あるデータを教えてくれました。「人間の学力の差は『遺伝子』と『育て方』、どちらの影響が大きいか」という論争が度々起こりますが、そこに割って入る新しい視点があるというのです。それは「どこで育ったか」という因子。どの町にも「ここが教育熱心」と呼ばれる地域があり、マンション販売などでも「〇〇中学校区内!」などと宣伝文句としてチラシに載せているのをしばしば見かけますが、確かにその視点には価値があるということが、著名な研究者によって証明されたというのです。そして松山氏いわく、その意味は「幼い頃に『どんな立派な(どんな言葉を語り、どんなことで笑い、どんな哲学を持っているか)大人たちを仰ぎ見て育ったか』が、その人の一生に大きな影響を与える」のだろうということです。
 それを聞いた瞬間、いくつもの事例を思い出しました。孟母三遷の故事はまさに良き育ち場を求め引っ越しまでするという意味ですし、私の身近な事例としてはタカタコインタビューで聞いた弊社社員、前原匡樹の例があります。もともと前原家は奄美大島に住んでいた。しかし小学生の頃、彼の教育環境を考慮して鹿児島市内のある地域に引っ越した。鹿児島というのは江戸から明治にかけての「郷中教育」という地域ごとの猛烈に熱い教育があって、明治維新の有名人が同じある町内から輩出されたことなどが有名ですが、前原が引っ越した地域は公立小から公立中に行く子ばかりだったけれど、同じ小学校でその地域にいた6人の同級生は長じて、東大・京大・一橋大・慶應大・早稲田大・大阪大に進学したというのです。たかが受験結果といえばそうなのですが、それでも都会の私立中受験文化とは隔絶された地方都市としては傑出した結果です。きっとその地域ならではの大人の水準の高さがあったのでしょう。

 一方こういうこともありました。落合陽一氏の番組に出たとき、私のいつもの「子育ての時間軸(4歳~9歳の幼児期の赤い箱と、11歳~18歳の思春期の青い箱)」をホワイトボードに書いて解説していたら、落合氏は「18歳からの箱があると思う。そこで誰と出会うかが大事な気がする」という趣旨のことを語りました。筑波大の研究室でその年代の教え子を育てている彼ならではの現場感あふれる意見だなという程度の理解でそのときは過ごしたのですが、偶然にもそのことを確信させることが起こりました。
 それはメーカーズという若手起業家を支援する会でのことです。もう何年も続けている奉仕活動の一つで、毎年力ある若者が自分の夢の実現に向けて意見発表やグループワークなど切磋琢磨する時間を過ごし、私を含む社会人はメンターとしてアドバイス等を行います。今年も見どころ十分の青年ばかり。そこで気づいたのは多くの学生が、落合氏はもちろん、安宅和人氏、鈴木寛氏、松尾豊氏、伊藤羊一氏等々、当代きっての輝く大人の下で学び薫陶を受けているということです。日本全国には無数の大学の先生もいるなかで、私から見てもすごいなと感じるスーパーマンと大学で直接意見をもらえる距離になれると、落合氏の先の発言通り、若者は大きく成長するのだと痛感しました。

 さて、「どこで育つか」も「大学で誰と出会えるか」も、共通する本質は「見上げ尊敬できる大人がいるかどうか」ということでしょう。そういう意味で、最近「こういう大人って素敵だな」「こんな方のそばに子どもがいれば、良い影響を受けるだろうな」と新しく感じた例を紹介します。
 それは、4月頭に無人島に行ったときのことです。年に数度行くのに「私も行きたい」と申し出てくださった方のうちの何名かをお連れしているのですが、今回は、大手出版社で30年間も図鑑作り一筋で生きてきたAさん、その監修に携わってきた大学教授Bさんの50歳代のお二人と一緒でした。そこで見た彼らの姿が秀逸でした。お二人ともパッと見は地味で誠実なお父さんという印象なのですが、Bさんは投網を持参して我々に指導してくれたり、沖に停泊したボートに力ずくで登ったりまわりを泳いだり網を投げ続けたり、田舎の夏休みの少年かというくらいとどまることなく海と戯れ続けていました。またAさんは、岩場に頭を突っ込んではジーっと何事かを観察し続ける方で、図鑑製作担当者らしく事実確定にキラリとした輝きを見せるのでした。たとえば別の参加者が「山でワラビを採ってきました」と持ってくると、ん? という独特の探偵のような表情でその山菜を凝視し、首を傾げ辞典と照らし合わせて「これ、似ているけれど違いますね。見てくださいここ、ちょっと毛が生えていますよね」と判定して見せたり、海藻を収集してくると鑑識官のように目を寄せて「あ、いたいた。これ見てください。ワレカラという生物でね。この顕微鏡写真がすごいんですよ」と教えてくれたりしました。長年生物を愛し自然界を理解しようと生きてきた彼らとともに、魚貝類や山菜を採集することは独特の楽しさを醸し出し、作った料理はひときわおいしく感じたのでした。特にノビルはうまかったです。
 魅力的な大人と一口に言ってもそのありようは多様です。みんなを引っ張るタイプの魅力や、人を引きつけて何かを演じたり笑わせたりしてくれるような魅力など、さまざまです。今回このお二人とキャンプして感じたのは、何事かを研究・探求するオタクタイプの生き方をしている人たちの輝きです。一見すると派手さはないのですが、付き合えば付き合うほど相手の「何かを好きである様子」「どこまでも深掘りして調べわかろうと生きる生き様」などが伝わってきて素晴らしいなと感じられるのです。
 世の中はいままさに探求ブームで、「探求型の教育」も各種あふれていますが、AさんやBさんを見ていると「探求型の学びとは本来、主体的で孤独で寡黙」なのだろうと感じました。声をかけても聞こえないくらい黙って何事かに集中し考え続け調べ続けているのが、真の探求の姿なのだろう。そして、それはまわりを楽しませるタイプの外交性はあまりないかもしれないけれど、純粋で美しくとても魅力的な生き方である。そういう「本当の自分の関心」にのめり込んで生きる人と接することは、こちらにまで幸せをおすそ分けしてもらえるような喜びの時間となるのだなと感じました。

 さあ、まもなく夏休み。大自然は多様で無限の魅力を提供してくれます。子どもたちに多くの体験を。そして、「素敵な大人」と一人でも多く接する夏となりますように。

花まる学習会代表 高濱正伸


🌸著者|高濱正伸

高濱 正伸 花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。

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