【高濱コラム】『日記を書こう ~卒業するキミへ~』 2024年3月

【高濱コラム】『日記を書こう ~卒業するキミへ~』 2024年3月

 先日テレビで、イチローさんが宮古島にある宮古高校の野球部員を指導する番組をやっていました。大変おもしろかったです。その理由の一つ目は、初めて会った島育ちの純朴で口数の少ない青年たちに、まず声出しから指摘していたこと。花まるで、大声で「できたー!」「イエイ!」とやる意味でもあるけれど、声が出せる人なら生きる力はまず発声から。ここを立て直さないと指導する内容も浸透しない、と感じたんだろうね。二つ目は、何十人もいる部員の一人ひとりの特徴と課題について、実に細やかに見ていて適切なアドバイスをしていたこと。彼自身が選手を引退したあとに選んだ人生の選択について、パフォーマンスではなく本気で真剣であることが伝わってきました。的確なアドバイスに青年たちもどんどん力をつけ自信を持ち、ラストのインタビューでは一人の部員が、自分が感じたことを説明したあと「早く野球をやりたいです!」と言っていたのが象徴的でした。子どもの心に火をともしたということ。これぞ大人が何かで寄り添ってアドバイスをする意義だよね。
 そして、番組の最後に、部員たちにメッセージはあるかと聞かれたイチローさんは、こういう意味のことを言いました。「大人たちを見ていると『自分が何をしたいのかわからない』という人ばっかり。いま、部活で苦しいときもあるだろうけど、『野球が好き』『野球をやりたい』と信じて打ち込めているこの二年半が、いかに幸せな時期だろうか」と。
 これこそ、この数年、大人たち向けの講演会で、私が必ず指摘してきたことで、だいたいこんな話です。

 この図は社会の仕組みや制度を表しています。不幸になった人を研究した私の結論は、「人生のどこかで『自分がやりたいこと』を見失ったまま生きている人」で、それは右に描いた制度群のなかの「偏差値」「ブランド」「地位」「ランキング」「年収」といった外部の評価システムばかり見させられてきて、その評価基準で良い成績を収めることばかりやらされ、肝心かなめの自分の心を見失ったというものです。これはまったく大げさではなく、いい年をした中年の大人のほうが「どうすれば好きなことなんて見つかるんですかね」なんて相談をしてくることも多いんだよ。
 「見失った人」への答えはいくつかあります。まず一つは「幼児を見よ」ということ。2~3歳の子なんて、世界のすべてが興味関心の対象で、空き箱でもビンでもペン一本でも何でも触ったり投げたり動かしたり回したりして遊ぶ。それが原点。いま「見失った」と言っても、絶対にあなたもそうだったんだよ、ということ。そして、見失った大きな理由は、横にいる親や先生から「これは価値があって、これはない」というように、外付けのモノサシで評価されてきたことです。それは悪気があってやっているのではない、どころか社会で一人前になるために必要なことと信じて行われている。だからこそ落とし穴というか、アプローチを誤ると罪も深いんだ。「ドリルの問題の答えが合っていたら良いこと」で「消しゴムのカスを集めるのは無意味なこと」というようなね。本当は消しカスを集めたくなったり、道端の石やガラスのかけらでも集めたくなったり、虫をたくさん捕まえて飼いたくなったり、泥んこで遊びたくなったり、自分なりに今日いま関心を持っていることは必ずあるけれど、いつのまにか大人の目、大人の評価基準に迎合していくんだよね。それには社会の常識を学び適応するという一面もあるけれど、自分の心を見つめる習慣をなくして人目ばかりを気にしていたら、生きている意味すら見失うよね。

 あと、好きなことは何ですかと聞かれて、あなたがたとえば「ユーチューブを観ること」と答えたとする。横で、「本当に絶対好きと言えますか」とか「生きていくうえで欠かせないくらい好きと言えますか」と問い詰められると、だんだん確信が持てなくなってくるのを感じるでしょう。言い張ることはできるかもしれないけど。ここも「自分の好き」に自信をなくす落とし穴なんだよね。好きは毎日変わっていいし正解なんてない。大事なのは、「自分の小さな心の動きを見逃さないこと」なんだ。たとえば初めて見るものを「え? これ何?」と不思議なものとして見つめたとき、「これどうやって使うのよ」と道具がどう役立つかとかどう使うかに疑問を持ち想像したとき、「わーきれいだなー」と台風一過の夕焼けを見上げたとき、本を読んで「おもしろかったー」「おもしろすぎる。このまま終わらないでほしい」という気持ちになったとき、「わー、いまの1時間、めちゃくちゃ考えに集中していたな。いい燃焼感があるし気持ちいいなー」と感じたとき……。
 こういう、「確かに心が動いた」というときを正しく自分で見つめて、それを自分の価値基準の構築に活かして、世界を眺めるようになれるといいよね。そのためにも、中学生になったら、日記をおすすめします。私自身も、ちょうどもうすぐ中学生になる3月から日記を書き始めて50年以上になる。いまもずっと続いているんだけど、振り返って自分の人生に大きな役割を果たしてくれたと言い切れます。折々の悩みや不安も、克明に書いて「本当は何に悩んでいるのか」を言葉にしていくことで、「見えた!」と感じたものです。そうするとちっとも不安でなくなるんだよね、おもしろいことに。そして毎日書き続けることで、自分をいつも外から見るような客観視する視点を得られたし、自分の心を見失わずに生きてこられたなあと感じています。

 さて最初に例に出したイチローさんが日記を書いているかどうかは知らないけれど、自分を見つめる確かな目を持った方だよね。①自分の心に聴いて次の行動を決めているし、②言葉がある(=感じて考えて言語化している)。往年の名選手の第二の人生というと普通は試合の解説者とかコーチ・監督とかが多いと思うけれど、イチローさんは独自の視点で子どもたちに野球を通じていろいろ教えることを一つの仕事と決めて継続している。そしてその指導場面はどれも感動的で、しかも大人も学べる言葉がある。素晴らしいよね。きっと野球選手時代も、自分を見失わないからこそ、あの金字塔のような結果を出すこともできたのでしょう。
 
 さあ、これから数年間は、成長過程として友達とのくだらないおしゃべりが何より楽しかったり、部活に熱中したり恋したり好きな音楽にはまったり、いろいろあるだろうね。その経験はどれもそれ自体が価値だし、その後のあなたの力となるでしょう。そのなかで「ふられた」「補欠に転落した」「成績が落ちた」「友達に裏切られた」「先生に理不尽に叱責された」等々、さまざまな形で辛い境遇に追い込まれるかもしれない。でもその逆境は人生の大チャンス。自分をバージョンアップする機会だと前向きにとらえてほしい。嘆いたって何もいいことが起こらないし、実際に人生を満喫し成功している大人の方にインタビューすると、各々自分なりの壁や挫折体験のなかで落ち込み続けていないで、内省し、前向きにやるべきことを見つめ実行し乗り越えてきた方ばかりだからです。
 何らかの壁に当たって、頑張ったんだけど突破口が見当たらなくなったときとか、道に悩んだりしたときは、いつでも相談に来てください。教室長の先生たちも私も、ずーっと味方です。
 卒業おめでとう!  

花まる学習会代表 高濱正伸


🌸著者|高濱正伸

高濱 正伸 花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。

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