春先でしたか、友人と話していて、天国に行くとしたらどういうイメージかという話になりました。私は言下に「そうねー。緑がいっぱいの大自然のなかで、子どもたちと走り回り川で遊んでいる感じかな」と答えました。そしてすぐに「あ。それっていま、毎年実現しているじゃん」と大笑いになりました。その天国の夏が、今年も終わりました。
バスや遊びの場や宿などでの安全管理や運営は、すっかり箕浦を中心とした若い社員たちがおこなっています。修学旅行以外は、なるだけ多くの会場に行ってたくさんの子たちの顔を見る機会にしたくて、私は、新潟・群馬・長野・千葉・山梨と、グルグル回っていました。移動時間が長いので、特定のミュージシャンを決めて、聴きこんだり歌ったりしながら回るのが通例で、かつてはミスチルが数年続いたこともあるし、ヒゲダンやPUNPEE、Maica-nなど、その都度仕入れた新しいミュージシャンの曲とともに真夏の青空の下、運転し続けていました。各地の無人販売所で購入したキュウリやトマトをかじりながら。
しかし今年は、音楽ではなく「コテンラジオ」にどハマりしていました。もしご存じない方がいたら、お勧めします。私にとっては、「長年のコンプレックス=科目としての歴史が苦手であったことに端を発する歴史観の欠落」を乗り越えるきっかけをつかめたことが、心の革命とすら言える大きな出来事でした。まるで水不足の田んぼにみるみる水が満ちていくようなイメージで、ありがたく嬉しい気持ちになれました。思うに、自分の弱点を埋めるために、学ば「なければ」ならないとmust感のなかで捉えていたから突破できなかったのですが、コテンラジオの語り手の若者たちの、心の底から歴史が好きで好きで仕方がない気持ちで解説してくれる語り口に、強烈な歴史愛を感じ惹き込まれたことが大きかったです。「こんなに好きだ!」という本物の情熱は人を動かすものです。
今年は、行く先々に高校生リーダーが大勢いて、つい数年前まで自分だって子どもだったのに「子どもってかわいいですね」「ハマりました。最高ですね」と語る姿が印象的でした。良い経験になったでしょうし、ぜひ大学生になったら正規のリーダーとして働いてほしい。これがきっかけで、将来の仕事として教育の世界を選ぶ子もいるのではないでしょうか。
修学旅行も最高でした。今年は阿蘇の大観峰や中岳火口・草千里を歩き回って国内有数の雄大な自然を感じてもらい、球磨川の支流胸川で地元の中学生のダイナミックな飛び込みを観ながら川遊びをし、熊本城や人吉城で今年の修学旅行のテーマソング「青と夏」を歌いました。一方で私の実家の茶室で茶道体験をしました。肥後は細川のお殿様のためのお茶「肥後古流」。その宗家自身に指導してもらえたのですが、グーのこぶしをついてお辞儀をしたり、刀を抜くように柄杓の水を切ったり、「武家の茶道」ならではの特徴もあり、時代を生き抜いた伝統文化の奥行に触れ、この茶道体験を一番の思い出と語る子も多数いました。そして毎晩じっくり全員で語り合う哲学対話のタカハマタイム。それがわかって来ている子が多く、活発に意見が飛び交いました。大人も驚く意見を語る子もいるし、何よりもこの時間があるおかげで、深く付き合えるきっかけになっていると感じました。羽田で別れるときに離れがたくて、抱き合って泣く子たちもいたくらいです。
今年は、アノネ音楽教室の合宿や花まるエレメンタリースクール(花メン)の野外活動にも顔を出したのですが、二つの外国に行ったように新鮮で輝いて感じられました。花メンはまた書きますが、アノネでのワンエピソードを紹介します。
ある中学生の女の子がツカツカと寄ってきました。知性と品格あふれる瞳。「ん? 覚えがあるぞ」と感じたが早いか、向こうから「高濱先生、スーパー算数ではお世話になりました」と一言。すぐに記憶はつながりました。ある意味、昨年度の中学入試の話題のスターEさんです。話題である理由は、シグマTECHでの受験勉強をしながら、アノネでの本格的なヴァイオリンレッスンを入試の月まで継続し、そのうえ女子学院中学校に合格するという、旧来の塾業界の常識を突き破る実績を上げた子だったからです。当時は小柄で華奢な子だったのですが、8か月のうちにグーンと背が伸びているし、表情も大人になっているのでした。
実はこの子には、素敵なエピソードがあったばかりでした。今年7月の私が担当したスーパー算数に、今年開成中学校に合格した二人が突然遊びに来てくれたのです。来た理由は、数学研究部に入っているのだが、そこで「おもしろい問題ができたんで、後輩たちに解いてもらおうと思って」と言うのでした。問題はとても思考力を要する甘くないものでしたが、最終の答えが870になっているのがオチでした。「870が答えだ! よし、スー算に持っていこう」と思いついてくれた気持ちが嬉しかったですが、実はもう一つ彼らが来た理由がありました。授業終了後の雑談で、「先生、去年のメンバーで同窓会しましょうよ」と言い出しました。いいね、いつにしようかと話していると、片方のAくんがふいに「Eさんは来ますかねー」とつぶやいたのです。そう、Eさんは、彼らのマドンナだったのです。それこそが言いたくて、問題を持って遊びに来たのでした。
真剣な勉強で切磋琢磨しながら、凛とした魅力を増しながら、恋もしながら、それぞれが、苗が大きくなるようにスクスク伸びていく。かわいらしく育ちゆく子どもたちに間近でかかわれる幸せを、かみしめる夏となりました。
花まる学習会代表 高濱正伸
🌸著者|高濱正伸
花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。