【高濱コラム】『頭も心も~卒業するキミへ~』 2021年3月

【高濱コラム】『頭も心も~卒業するキミへ~』 2021年3月

 ウェルビーイング(well-being)という言葉を聞いたことはありますか。いま、徐々に広がりを見せています。幸福と訳されることが多いけれど、同じ幸福でもハッピー(happy)の表す有限な時間でのワクワク感とは異なる、「心の調和」や「安らぎ」を意味するそうです。このような言葉が勢いを持って広がるのは、それが得られず困っている人、必要としている人がいかに多いかということを示しているよね。
 そしてそれは、時代が大きく変化していることを表しています。コロナ禍で、いままで当たり前と信じてきたシステム(たとえば会社や学校に行くということ)を、本当に必要かと感じ、考え始めた人が多かったのかもしれないね。
 テストの点や偏差値、給与、賞与、年収、GDPなど、数値にして可視化できるものを評価基準にすると、一見わかりやすい。実際、長年にわたって、売り上げや利益など、より高い評価の数値を求めて個人も企業も国家も競争を繰り返してきた。しかし、その考えで邁進すればするほどに、数値情報が溢れれば溢れるほどに、心が満たされない人が増えてきてしまったんだね。たとえば、会社は大儲けしているかもしれないけれど、一人ひとりの社員が幸せ・安らぎを感じられなければ意味がないじゃないか、と考える人が大勢になってきているということだろうね。
 これについては、近年様々な場で発言したり、書いたりしてきたけれど、日記などを利用して「自分が本当は何が好きなのか、何に心が動くのか」を正しく見極めて、その関心に忠実に哲学・生きる方針を構築して、自分の価値観にあった進路や仕事を選んで生きていくことが大事なんだ。他人の言葉や、売り口上に翻弄されず、自分の芯を見失わないことだね。
 逆に言うと、高い偏差値や年収がゴールと思っていると、一見、人もうらやむ生活を手に入れていながら、大事なものが欠けて、たとえばたった一人のパートナーの気持ちすら逃がしてしまうこともある。「自分の関心」を芯にして、出会いと縁を大切にして、人が心の生き物であることを何よりも大事な視点として、自分を磨いていってください。

 さて今日は、一方で知識や思考力を鍛える努力も軽んじないでほしいということも、言いたいと思います。最近では、「知識はいつでもスマホで検索できるのだから、暗記は必要ない(だから覚える必要はない)」というような、極端な主張をする人も出てきました。しかし、どんなに「相対性理論」を理解しようとして検索してみても、物理の基本的な知識がなければ、チンプンカンプンでしょう。人と対話するときに知らない言葉を言われたとして、知ったかぶりは最悪ですが、じゃあいちいち聞けばいいかと言うと、程度問題で、あまりに突っかかっていると、相手だってつらいでしょう。
 そういう意味でも、高校までに習うような知識や思考方法は、基礎としてぜひとも身につけきってほしいです。国語は何にも勝るすべての学力の基礎だし、数学の楽しさを知って培える思考力は、頭が良いと言われることの核心の力となります。理科や社会で学ぶ知識も、あればあるほど豊かに世界を眺める力になります。たとえば社会人になって突破すべき課題が壁となって現れたときに、「ここは歴史の点から見るという補助線を引いてみたらどうだろう」「ここは物理の目で見たらどうだろう」と、いろいろな角度から課題を分析したり、アイデアを発想したりできるようになります。それは生き抜くための実力そのものです。運動の習慣化や、音楽や芸術を感じて生きることも、すべて意義深いことです。
 その点で、学校で教えようとしていることには、本質的には絶対に価値がある。そして、高校受験や大学受験は、知識ステージを大きく上げる機会になります。何でも社会の問題点だけを指摘して対案を出せない評論家や、全否定するだけの大人に騙されず、「学ぶことは価値だ」と信じて、コツコツと努力を積み重ねていってください。そして、豊かな知識と、論理思考力と、自分の哲学を、身につけていってください。
つまりは、「知力を鍛えよ。心は豊かに」ということになるかな。

 実は、これを書きながら京都まで往復しました。京都のお寺さんでの“リアル寺子屋花まる“が、新規で二つも開校するので、どうしても必要な講演会をしに行ったのです。コロナ対策で収容人数の半分以下しか入場できないので、二回講演をしたのですが、全部が終わったときに、一人の青年Kくんが訪ねてきてくれました。
 埼玉の教室で、花まる学習会の年長コースから中3でスクールFCを卒業するまで、10年間在籍してくれた生粋の花まるっ子。私も正味6年間はいろいろとかかわりました。
 思い出の一つは、『情熱大陸』という番組が取材に来たときの青空授業です。電柱の高さを、定規や巻き尺など使わずに、大きな三角定規をイメージして、葉っぱや靴などで測ろうという授業でした。当時5年生だった彼も夢中で取り組んでいたことを覚えています。そのクラスには、中学受験をして東大などに行った子もいたのですが、Kくんは地元の公立中から浦和高校に進んで、一貫して剣道部に所属して体と心を鍛えました。そして、研究者を目指し、現役で京都大学に進んだのでした。
 博士課程まで行って、抗体の研究を追求していきたいそうで、PCR検査の意味や擬陽性が出る意味などを丁寧に教えてくれました。「大学受験の前くらいになって、なぞぺーやキューブキューブやパターンメーカーの価値がすごくわかりました」とも言ってくれて、それは嬉しかったです。ごはんはムシャムシャとすごい勢いで食べるし、生命力にも溢れていました。
 久しぶりに会ったKくんは、背も私より高くなり、細見でとてもおしゃれで格好よくなっていました。一緒に道路を歩いているときに、若い女の子が何人も、彼にチラリと視線を向けていたほどです。「K、モテるだろう」と聞いたときの返事がふるっています。二年半付き合っている彼女がいるそうで、「大切な人がいるのに、モテても仕方ないですよね」と。
 一番嬉しかったことは、ちょっとしたところで気を遣える人になっていたことです。帰りも「改札まで行きますよ」と言って、最後まで見送ってくれました。
 みんなにとっては、先輩ですね。子どもたちに、健康でたくましく、感性と知力溢れ、心豊かな人になってほしいと願って、花まるを続けてきましたが、見事に体現してくれる卒業生を見ることができました。
 もっとも、あなたの人生は、あなたが主役。自分の心と感性を大切に、学ぶ努力を積み重ね、自分だけの道を、まっすぐに歩いていってください。ずっと味方です。

 卒業おめでとう。

花まる学習会代表 高濱正伸


著者|高濱 正伸

高濱 正伸 花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。

高濱コラムカテゴリの最新記事