【73】頑張るお父さん
先日、お茶の水にて親子演劇ワークショップを実施いたしました。
今回のテーマは「おとなとこどもがともだちになる」。親子で参加していますが、ワーク中は「ともだち」として接します。ともだちとして接する上でのルールは、互いを名前で呼ぶこと。「パパ」「お母さん」などとは呼びません。保護者同士も例外ではなく、互いに呼び捨てで名前を呼び合います。日常とは異なる、全員がともだちになった状態でのワークショップが行われました。
そのような特別な状況でのワークショップに、やってくる親子は緊張していたりワクワクしていたりと様々な表情を見せていました。その中で、まったく笑顔のない状態でやってきた親子が一組だけいました。一年生のMちゃんとお父さんのTさんです。緊張している様子とは少し違うMちゃん。後になって分かったことですが、彼女はお母さんとワークショップに参加したかったのです。
お父さん曰く、いつも「ママがいい。パパきらい。」と言われ、そのたびにお父さんは怒ってしまうという流れの繰り返しだったそうです。お父さんに連れてこられ、来る前にもケンカをしてきたMちゃんは、少し不機嫌そうな様子でワークショップに参加しました。ムスッとした表情で始まったMちゃんとお父さん。二人で息を合わせて楽しめるだろうか、と私自身も不安を感じていました。
最初のプログラムは「いわとり」。体を動かす為の準備運動も兼ねて、その場走りをしながら見えない岩を飛び越え、 見えない鳥をしゃがんで避ける、エア障害物走を行いました。最初のゲームということで体が温まっていなかったり、恥ずかしさもあったりと、子どもたちは固い動きしかできていませんでした。そんな雰囲気を壊してくれたのはMのお父さんであるTさんです。誰よりも全力でジャンプし、撮影していたカメラの画角から フレームアウトするほどの躍動っぷり。開幕から良い動きをしていたお父さんは周りから「Tすごい!」と称賛を受けていました。その後のプログラムも全力で参加し、演じるTさん。周囲から褒められ続けるTさんの姿を誰よりも嬉しそうな表情で見ていたのは、Mちゃんでした。その喜びの表情からは、パパに対するマイナスな感情は全く見られません。そのとき彼女にとって、Tが自慢のお父さんへと変わりました。Mちゃんも「負けてはいられない」と言わんばかりの勢いでワークショップに参加し、動きも変わっていきました。
最後のプログラムは親子それぞれ別の国に住み、十年ぶりに再会するという演技を行いました。船を作り、海を渡り、無事に再開したMとお父さん。「十年ぶりの再会」という設定の中、大きな声で互いの名前を呼び合い、抱擁する姿が見られました。朝の険悪な親子の姿はもうありません。二人の変化を目の当たりにして、目頭が熱くなる一日でした。
ワークショップが終わった後、Mちゃんが書いた感想用紙には以下の言葉が残されていました。
『ままがいいといってないてきたけど、けっこうたのしかったとおもっています。ふたりでつくるえんぎがおもしろかったです。』
保護者の全力の姿、そこには子どもの心を大きく動かすほどのエネルギーが宿っているのかもしれません。大人の本気の姿は、子どもたちの心に「楽しい」以上の様々な想いを育んでくれるのだろう。そう思えた一日でした。