【41】誰かの当たり前は新しい世界の扉
授業中に歯が抜けた男の子がいました。1年生のTくんです。教室のお友だちと一緒に「おめでとう!」を伝えました。なんと、Tくんは人生で初めて歯が抜けたというのです。それはそれは嬉しい出来事だったに違いありません。彼は初めて抜けた歯を大切そうにティッシュにくるんで持ち帰りました。と、ここまではよかったのですが、おむかえに来たお母さまにTくんの歯が抜けたことを伝え忘れてしまい、授業後に電話をしました。歯が抜けたことを伝えた後はその日の授業の様子を伝え、電話を切ろうとしました。すると、Tくんが私と話したいというのでなんだろうな~と思い、電話を変わってもらうことにしました。
「僕ね、歯が抜けたからお金を貰えるんだ!」
とTくんから聞き、え、どういうことだ?でも、歯が抜けたらお金がもらえるなんてラッキーじゃん!と思っていました。彼は話しを続けていきます。
「今ね、妖精さんにお手紙書いてるの。枕元におくと、明日メダルがもらえるんだ。」
というのです。まったくなぞが解けず、何のことを話しているのだろう…と思いながらも、メダルをもらえることを楽しみにしている彼の声色からは嬉しさがあふれ出していました。電話を終え、ほっこり。ですが、Tくんが話していたことがどうしても気になってしまい、調べてみることにしました。すると、「トゥース・フェアリー」というワードがヒットしました。「トゥース・フェアリー」とは、乳歯が抜けたときに、抜けた乳歯を枕元に置いてねむると夜中に歯の妖精がこっそりその歯をもらいに来て、お礼にコインやプレゼントと交換してくれるという西洋の言い伝えのことでした。この儀式には、生えかわる永久歯が丈夫でありますようにという願いが込められているということです。調べた後、素敵な言い伝えがあることに心が暖かくなったのと、自分はまだまだ小さな世界で生きていて、知らない世界が多くあるんだと衝撃を受けました。次の週、彼に
「先週さ、電話したでしょ?どうしても歯の妖精さんのことが分からなくて調べてみたよ。とっても素敵なことをおうちでしているんだね。」
と歯の妖精についての話をしました。すると、Tくんはふで箱に入っているメダルを見せてくれました。Tくんにとって人生で初めての“歯の妖精さんから貰ったメダル”でした。その場に立ち会えたことはもちろんですが、彼のこれからの成長も見守れると思うと嬉しくなりました。
今回の出来事は、私にとって未知の世界の扉を開けた瞬間でした。今となっては自分が知らないことや、他の人と違うことがあっても受け入れられるようになりました。ですが、幼いころの自分だったら、他の人と違うことは全く受け入れられないと感じてしまいます。その背景には、例えば、右向け右!で右を向けなかったら仲間はずれにされてしまうのではないかという不安と隣り合わせだったのだと思います。また、その不安に打ち勝つだけの自信がないことなど要因は様々あると考えています。昨今、多様性ということばを多く耳にする時代で、自分が知らないことや自分とは違うと感じることを目にすることが増えました。一方で、実際はその多様性を受け入れることに心の中では不安に感じている人が多いようにも感じます。だからこそ子どもたちには、自分が知らない世界や人と出会ったときに「うわぁ!自分の知らないことを知れるって面白いなぁ。」「あの人は自分とも周りとも違うけれど、素敵なところがたくさんあるんだよね。」と受け入れること、そして何より将来周りと違う自分がいても恐れることなく、むしろ「自分にはこんなに素敵なところがあるんだ!」と周りの視線に心をゆさぶられることなく、世界を広げて生きていける大人になってほしいと願っています。自分が知らないことでも「そういうことが世界にはあるんだ!」と視野を広げていけるのは幼児期の柔軟な心から生まれるものです。その心を育てていけるよう子どもたちと一緒に学び続け、私自身も多くの世界を知っていきたいと感じます。最後にTくんへ。知らない世界を教えてくれてありがとう。これからも私が知らない世界をたくさん教えてください!