【30】勝ち負けの先にあるもの
最近、本気になったことはありますか。今年の夏、私はそんな経験をサマースクールでしてきました。コースは3泊4日の「花まる大運動会」。参加した子どもたちが「本気で走った。初めて運動会で泣いた。」と言うほど、子どもも大人も勝ちにこだわり、真摯に運動会と向き合った貴重な4日間でした。
花まるの運動会では、赤組、青組、黄色組の3組に分かれて戦いました。私は赤組に属し、序盤での「大縄跳び」では記録的な数をたたき出して、トップを独走していました。このままいけば赤組が優勝できる。誰もがそう思っていました。しかし、「代表リレー戦」で流れが変わり始めたのです。各チーム、代表を決めて走りぬくリレー戦。スタートの声と共に徐々に走者同士の間があいていき、赤組は2位と3位の狭間を争っていました。そして、終盤で圧倒的な差が生まれたのです。ここであきらめる大人の姿を子どもたちに見せるわけにはいかない。圧倒的な差があっても、アンカーが走り切るまで声をからして応援し続けます。
奇跡的などんでん返しは起こりませんでした。2人のアンカーに続いて、最後に赤組のアンカー5年生Hくんがゴールへ走りこんできました。ゴールを通り過ぎてそのまま倒れこんだHくん。赤組の子たちとリーダーが一斉に駆け寄り「頑張った!よく走り抜いた!」と口々に声を掛けます。しかし、Hくんの様子がおかしかったのです。顔をあげないまま肩が震えていました。彼は泣いていたのです。嗚咽に交じってかすかに聞こえてきた言葉に、私は胸を痛めました。
「みんな、おれのせいで、ごめん」
彼はアンカーのプレッシャーと最後まで戦って走りぬいたのです。
いよいよ次で勝敗が決まります。花まる大運動会では代表リレーの後に全員が走る「全員リレー」が最後にありました。今度は全員で繋ぐリレー戦。希望は最後まで捨てられません。
「よーい…ドン!」
スタート同時に子どもたちの声援で空気が震えました。赤組は最初3位でしたが、中盤から2位へ。これならいける。子どもたちを勝たせてあげたいと思うのは全リーダー共通の想いです。そして、アンカーが走り出し一気にゴールへ飛び込みました。赤組の結果は、3位。変えることができなかった結果。誰が悪いというわけではありません。しかし、私自身「みんなを勝たせてあげられなくてごめん」という想いで胸が張り裂けそうでした。子ども達の方を向くと、悔しさのあまりに、ほとんどの子が泣いていたのです。子どもだけではなくリーダー達も泣いていました。
総合結果発表のときがきました。誰もが予想した通り、赤組が3位。その結果を予期していた、赤組の子たちの涙は止まりません。2位は黄色組、1位は青組でした。黄色組も悔しさで泣き、青組は嬉しさで泣いていました。
閉会式で最後に宿長が話をします。
「悲しい思いを皆1回はこの運動会でしている。だけど、楽しい思い出もあったはず。」
皆そんなこと分かってはいる。しかし、今はそんな風に思えない。赤組の心を覆い尽くしているのは、ただ一言「悔しい」でした。大人たちもどう声を掛けたらいいか考えあぐねていた時、この場の空気を変える声が響いたのです。
「ハンバーーーーグ!!」
それはチーム紹介の時に、あるチームが「ギャグが滑った時この言葉を言うといいよ!」と言っていた言葉でした。そう叫んだのは優勝した青組の5年生男子。空気を変えたいと思った彼のまっすぐな気持ちが、勢いのある声となり響いたのです。すると「なんで今ハンバーグ?」という声と共に子ども達から笑い声が。子ども達の涙が徐々に止まり、笑い声が聞こえてきたのです。勇気ある一人の少年のおかげで、運動会は笑顔で終わることができました。
勝ち負けははっきりしたはずなのに、最後にはやり切った気持ちよさが残った運動会。勝者は驕らず、敗者は卑屈にならず、なんて気持ちのよい終わり方なのだろうと思っていました。すると、帰りのバスの中で赤組の子がつぶやきました。
「運動会でこんなに泣いたのも初めて。こんなに本気になって走ったのも初めて。」
本気って楽しい。子どもたちに伝え続けていきたいことだなと、改めて感じた4日間でした。