【13】夏の日のマリーゴールド

 3年生男子A、ただいま絶賛お悩み中。真夏の2泊3日を共に過ごす仲間たちがアイスやジュースを美味しそうに食べている中、気難しそうな表情を浮かべて固まっていました。どうも周りと同じように楽しんでおこづかいを使えている感じはしない。とうとう腕を組んで目を瞑ってしまいました。その振る舞いを見ても仲間たちは全く気にする様子はありません。なるべく口を挟むまいと我慢をしてきた私も耐え切れなくなってAに声をかけました。
 「大丈夫。心配しないで。考え事しているだけだから。」
返ってくる声は卑屈な感じはしないが、余計に心配は増す。そんな2人の会話を察して周りの子たちが寄ってきました。
 「さっきからこんな調子なんだけど・・・たぶん心配ないと思うよ。みんな、分かっているから。」
もう少し心配ない理由を具体的に知りたい。私だけが外様の状態にある。私も仲間に入れてほしい。
 「ま、あとで分かると思うから、他の班の様子を見てきなよ!はい、いってらっしゃーい!!」
子どもたちに半ば強引にその班から追い出された。子どもたちがそう言うならば信じようと、その場を離れました。

 次に彼らと遭遇したのは、2時間後。先ほど会った店の前でした。少し離れた道の先から近づき、次第にAたちの班だと分かってきます。デジャブかと思うほど同じ光景。ありえない。絶対にありえないが、2時間同じ場所に留まっていたのではないかと一瞬疑ってしまう。段々と焦りが募ります。近づいていくにつれて彼らの表情が分かり、ようやく安堵しました。Aが笑いながら仲間たちと会話していて、明らかに事件は解決していました。ここでようやく真相を知ることができました。

 「あの時ね、500円の使い道を本気で考えていたんだ。最高に悩んでいる時だったかも。」
 Aは満足そうに話し始めました。サマースクールで数少ない買い物ができるこのコースを楽しみにしていたこと。はじめから家族におみやげを買おうと決めていたこと。おみやげ屋を見たら、どれも高くておこづかいでは買えそうにないと焦ったこと。仲間を見ていて、自分もお菓子やジュースを買ってしまおうかと悩んでいたこと…。先ほどのだんまりは何処へ行ったのか、思いの丈が噴き出してきます。
 「でもね、最後はいいおみやげが買えたからよかった!」
 とニヤニヤしている。500円と限られたおこづかいでは、正直そんな特別なことはないだろうと一瞬でも思った自分を反省しました。Aの発想はもっと柔軟で、自由でした。彼が見せてくれたのは、店先に並んでいた鉢入りのオレンジ色のマリーゴールド。
 「喜ぶかなと思って、お母さんが好きな色を選んでみた。プレゼントだけど、自分で育てようと思う。」
 3年生にしてあっぱれ過ぎる。物をあげるだけでなく、自分で育ててきれいな花を改めてプレゼントしたいというAの想いに心打たれました。

 私が子どもたちに伝えたかった「自分で考えて、葛藤して、決断する」ということを、Aが強烈なエピソードとともに教えてくれた気がします。握りしめたおこづかい500円をどう使うかというお題に対し、子どもたちはまず何を買おうか、誰のために使うか考えます。細かな計算をしながら、少しでも自分が満足できる買い物をしようと工夫します。周りの子を見ていて自分もあれが食べたい、でもおみやげも買いたいと最後まで悩んだ子もいました。その葛藤もまた大切だと感じます。葛藤するということは自分で考えているということです。そこに妥協はありません。答えは自分だけが知っている。自分が満足なのか、誰かが喜んでくれることが自分の満足なのか。最後は自分で気持ちを整理して決断し、納得します。
 当然、成長度や個性によって答えは様々ですが、仲間の姿を見て学ぶことも多いでしょう。Aと同じ班だった子たちは、彼の姿を見て次は誰かのためにと感じた子もいるかもしれません。Aは時間をかけた自分に付き合ってくれた仲間に感謝を伝えていました。お互いの行動にも学びがあったはずです。おこづかいにまつわるひと夏の物語でした。

 

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