【142】心の灯火

 「Kくんと席を離していただこうとも考えていたのですが…。Rが自分の信じる道を、自信をもって歩めるようにするには、私が代わりに何かをしてあげてばかりではダメですよね。私も、Rを信じて見守ります」
面談でお母さまの決意をうかがったのは、Rくんが年長の、セミの鳴き声が聞こえ始めた頃でした。

 相談内容は、幼稚園でも花まるでも同じクラスのKくんとのもめごとについてでした。降園後は近くの公園で一緒に遊ぶ仲なのですが、いつも最後には喧嘩になり、毎回うまく自分の気持ちを伝えられずに泣きながらお母さんのもとにやってくる。そんなRくんを受け止めて帰るもどかしい日々で「見守る」ことを選ぶのは、大きな勇気が必要なことだったと思います。

 Rくんの手足の指には生まれながらのハンディキャップがあり、年長コースの1年間は、右手指の手術を経て文字をスムーズに書けるようになるための、鍛錬の日々でもありました。せっかく解法をひらめいたのにテキストへの書き込みに時間がかかってしまい、みんなと同じタイミングで花まるをもらえない。そのことで、学びに楽しさを見いだせず、自信を失ってしまうかもしれない…。日々の生活も学習も積極的に楽しめるように、自分の力で乗り越えさせてあげたい。「見守る」という決断には、そんなお母さまの願いも込められていました。

 Rくんとお母さんの、挑戦の日々が始まります。術後の手指には特別なケアが必要なことから、参加させるかどうか悩みに悩んだサマースクール。薬の塗布などをRくんが一人でできるように練習を重ねて、笑顔で送り出してくださいました。もめごとも経験しながら思いっきり遊び抜いて帰ってきたRくんは、「僕もみんなと同じように参加できる!」と自信をつけ、その年の雪国スクールにも参加。気づけば「野外体験は全部参加する!」と、積極的に外に出る逞しい少年になっていました。
 小学生になると、ずっと続けてきた運筆の鍛錬が花開き、計算教材「サボテン」で次々に新記録を更新。一躍教室のスターになりました。頑張ったぶんだけ成長できることを知ったRくんは、思考力もメキメキ伸ばし、アルゴゲームにも没頭。高学年になったいまでは将棋やラグビーにも挑戦し、頭と体を自在に動かして汗をかきながら、中学受験を目標に据えて日々の学習にもまい進しています。

 年長の頃のお母さまの不安はどこへやら…と言いたくなるような成長ぶりですが、いつも順風満帆だったわけではありません。手だけではなく利き足の左足に手術が必要になり、参加予定だったサマースクールにドクターストップがかかったときには大粒の涙を流しました。「どうして僕ばっかり?いつになったら、普通の体になれるの?」と落胆するRくんと、毎晩家族で話し合ったそうです。小学校の先生とうまくいかずに学校生活を楽しめず、思い悩んだ日々もありました。スポーツや学習ではずっと、人並み以上の努力が必要でした。

 「Rが自分の体のことを受け入れられずに悩んでいるときは、折に触れて私の悪くした足の話をしています。それでも前を向けないときには、花まるの先生方から、直接Rに話をしていただいて…。たくさんの大人に受け止めて、認めて、励ましていただいたから、いまRはまっすぐ前を向いて進めているのだと思います」
そう語るお母さまは、膝の手術を終えたばかりで足を引きずりながら面談に来てくださったこともありました。先日届いたメールには、「私もこの身体にすっかり慣れ、自転車でどこにでも行きますし、周りの若いママ友にも負けないくらい元気です!」と力強いお言葉が。いまでははっきりわかります。わが子のことを最優先に考えながら見守り、そしてご自身の体に向き合い、いつでも前向きに人生を楽しむお母さまの姿が、いつもRくんの目の前を優しく照らして、背中を押していたことを。

 ご家庭が、子どもたちだけでなく保護者のみなさまも、それぞれが思い描く自分を実現するための、心安らげる居場所になるように。そのためのサポートが、我々の使命だと思っています。

 

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