【139】祖母の鏡台

 皆さんが、「懐かしい」と感じる匂いは何ですか。昔住んでいた家。学校からの帰り道にある川や草花。習い事のために通っていた施設…。思い出そうとしても、どんな匂いであったかはなかなか思い出しにくいものだと思います。しかし、もう 1 度同じ匂いを嗅いだ瞬間…「あぁ!懐かしい!」となりませんでしょうか。

 先日、祖母から「ふるさと便」という名の「仕贈り」が届きました。中身はお米や果物、地元の特産品である玉ねぎなどがびっしり。私の体調を気遣った手紙も添えてくれており、嬉しさと久しぶりに会いたい気持ちで、涙がこぼれました。そしてこのふるさと便の中には、長年祖母が愛用しているハンドクリームが入っていました。それを手に取った瞬間、全神経がビビビビッ!と反応するくらい、とてもとても懐かしい匂いがしたのです。

 小学 3 年生までは祖父母、そして曾祖母と一緒に暮らしていました。両親が共働きであったこともあり、多くの時間を祖母と過ごしました。当時住んでいた家は、なんと築100年のおうち。そんな趣ある家の畳の部屋に1つ、ポツンとあったのが祖母の鏡台。その鏡台の引き出しの中には、祖母の使っている髪飾りやくし、化粧道具などが入っており、当時の私にとってまるで宝箱のようなその鏡台が、大のお気に入りでした。祖母が晩御飯を作っている間、誰もいない畳の部屋でこっそり鏡台の椅子に座り、鏡に向かってお化粧をするフリをして遊んだものです。
 そんな祖母の鏡台の中にあったものの 1 つが、ハンドクリームです。このハンドクリームはもはや、祖母を象徴するようなもの。小さい頃は、祖母のしわしわな手でこのハンドクリームを両手いっぱいに塗ってもらったり、こっそり蓋を開けて自分で塗ってみたりしました。そんな思い出いっぱいのハンドクリームを仕贈りの段ボールの中から手に取った時、ふわっと祖母の鏡台の匂いがしたのです。「うわぁ!」と一気に、頭の中は懐かしい光景でいっぱいになりました。きっと、鏡台の中に入れていたものを私に贈ってくれたのでしょう。匂いは、当時の状況を鮮明に思い出させてくれる、1 つのタイムリープの手段なのです。

 年中・年長の授業では、「紅葉」をテーマに、落ち葉を使用しました。その授業内、葉っぱを鑑賞する時間を設け、匂いも嗅いでごらんと促すと、

 「くさっ!」
 「腐ってるんじゃない!?」
 と低評価!
 「え~懐かしい匂いじゃないか!」
 と言っているのは私 1 人だけ。

 それもそのはず。私にとってこの落ち葉の匂いは、子どもの頃に行った秋の遠足の時に嗅いだ匂い。そして、お庭や公園を走り回っていた時に嗅いだ匂いなのです。

 子どもたちは、大人になった時のタイムリープ先を作っているところ。もちろん今の私も、そして皆様も、「懐かしい場所」を作り続けていることでしょう。思い出は、モノだけではなく匂いでも蘇らせることができるということを、今回の経験を通してひしひしと感じました。「あぁ~懐かしいなぁ」とあの頃の思い出に帰ることができる体験が、自然や、訪れた場所や、家の中などでありふれていますように。そして子どもたちがいつか、大人になって落ち葉の匂いを嗅いだ時に、花まる学習会のことを思い出しますように…。

 

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