【120】変わらないね

「今日、教室へ遊びに行っても良いですか?」
突然携帯に連絡が入り、卒業生で現在中学2年生のTちゃんが教室へ来ました。
「最近流行っているんだよね」
そういうと、彼女は携帯を取り出し写真や動画を見せて、様々な話をしてくれました。
「先生、実は聞いてほしいことがあって」
Tちゃんが深刻な表情で話し出しました。
「成績が上がらなくて…」
彼女は私立中学に通っており、日頃からコツコツ勉強をし続けてきました。しかし今回のテストで良い結果が残せず、さらには後ろの席の子が国語で学年1位を取ったことも影響し、劣等感を感じていました。
「…数学好きじゃないんだよね」
そう言って、うつむき指先をいじるTちゃん。今数学は何を学んでいるの?と質問をすれば、先ほどの表情から一変し、面倒くさいんだよと言いつつも楽しそうに話してくれました。
「Tは数学が好きなんだと先生は思うけど?」
「好き=点数が取れるってことでしょう?私点数取れなかったから好きって言えないよ」
またうつむいてしまいました。私自身も好きだということを言えず、彼女のように悩んだ時期がありました。
「好きと点数は別で考えても良いんじゃない?」
好きとかテストとか…の前に、好きなものを語る彼女の瞳は光輝く宝石のようで魅力的です。その姿は一緒に授業をしていた時と全く変わっていません。私の思いを伝えると彼女は、他の教科についても止まることなく語り尽くしました。
「先生ありがとう!また話を聞いてくれる?」
「もちろんだよ。待ってるよ!」
「先生って変わらないよね。また頑張ります」
そう言って何度も振り返り手を振って帰っていく彼女の姿を目で追いながら、『変わらないのはあなたも一緒だよ』そう呟いてしまいました。

「先生、間違えてかけちゃった!」
授業後、携帯が鳴りだしすぐ切れました。驚いて画面を見てみると4年前に担当していたAちゃんのお母さまでした。何事かと思いかけ直したところ、Aちゃんの元気な声が耳に飛び込んできました。誤作動で電話をかけてしまったそうなのですが、その後1時間も話し込みました。彼女が花まるを離れたのは小学4年生の時。当時、算数に苦手意識を持っており、毎回のように居残りをしていました。割り算のひっ算特訓で、うなだれていたAちゃんが昨日のことのように思い出されます。
「4年生の時、居残りしてたの覚えてる?先生と特訓したおかげで、今数学が得意になったんだよ」
思いもよらない言葉で私は言葉を失いました。脳裏に、涙を流しながら、「もうやりたくない!」と叫んでいた彼女が浮かんだからです。
「あの時、一緒にずっとやったじゃない?怒らず、ずっとついていてくれた、あの経験が今活きているんだよ!」
「そうなんだね!すごいじゃん」
「友だちにね、数学を教えてほしいってよく言われるの。先生に教えてもらったときみたいにすると、みんな喜んでくれるし、解けるようになっていくの。それが嬉しい」
彼女が数学を好きという日が来るなんて思いもしませんでした。嬉しい気持ちなのか、感動したからなのか、私は大粒の涙を流していました。成績で一番良いのが数学だということ、考える過程が楽しく答えにたどり着けないと気持ち悪いこと、悔しい気持ちも人一倍感じることも、教えてくれました。
「先生って変わらないよね!安心した。また会いに行くね」
そう言って、Aちゃんは電話を切りました。

 私には今でも連絡を取り合うY先生がいます。当時、少しでも時間があれば会いに行き、他愛もない話から深刻な話までしていました。社会人になった今でも、伝えたい!話したい!という気持ちは変わりません。声のトーンも話し方も、かけてくれる言葉も当時から何一つ変わらないことから、先生と話すと安心し、話しているうちにまた頑張ろうと前を向かせてくれるのを思い出しました。 

 日々変化する世界で、自分自身が変わっていくことも生きていく上で大切なことです。ですが、Y先生のように変わらない人の存在があることも大事であると感じています。TちゃんとAちゃんから言われた「変わらない」という言葉も、そういう意味だと良いなと願い、大事にしていきたいと思います。

 

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