【102】「いいよ、あげる」

 花まる学習会の夏の大イベントと言えば、サマースクール。教室では昨年、参加した子たちと多くの思い出話に花が咲き、その話を聞いていた周りの子たちも、ワクワクした表情で興味がある様子が伝わってきました。

 昨年、サマースクールに参加した時のことです。元気いっぱいの男の子8人班を担当し、たった3日間のなかで笑いもあれば、喧嘩もあり、濃密な時間を過ごしました。
 これはそこで出会った2年生Tくんのドラマ。行きのバスから周りの子に積極的に話しかけ、常に兄貴のような存在で班を引っ張っていくTくん。自分の準備や荷物の整理をサッと終わらせると、下級生の困っている子に「いっしょにやろうか」と手を差し伸べている姿を何回も目にしました。また常に班のみんなが楽しめるように、という気持ちで行動している姿もありました。Tくんにとって今回が初めてのサマースクール。「この夏を最高のものにしたい!」という思いで参加を決意したことを教えてくれました。

 たくさん遊んで帰ってきた2日目の夕方。今回Tくんの楽しみにしている1つの「クワガタを見つけたい!」という思い。2日探しても森の中ではなかなか見つけることができず、森からの帰り道も最後まで諦めることなく、樹や足元を探し続けていました。宿の玄関まで帰ってきて、「見つけられなかった…」と上を見上げると、そこには1匹のミヤマクワガタの姿が。ものすごく大きな声で「あーーーー!!」と叫ぶと周りの子もぞろぞろ集まり、あっという間に注目の的に。しかしTくんよりもかなり高いところにいたクワガタは、とても手が届く高さではありません。網か何かを使って取ろうと班のみんなで試行錯誤していると、別の班の背の高い子が網を持ってきてパッと「捕まえたー!」と持って行ってしまったのです。それを見たTくんは、「待って!僕が見つけたんだよ!」と大きな声で言い、そこから誰がクワガタを持って帰るのか、話し合いが始まりました。

 始めに見つけたのはTくんではありましたが、その状況を知らずに捕まえた別の班の子。悪気があってしたことではないため、2人だけで納得するように話し合いをすることを伝え、陰で見守っていました。時には涙を流し、自分の想いを伝えるTくん。「ぼくが見つけたのに…」と強い思いが溢れ、「初めに見つけたのはぼく。どうしても見つけたかったんだよ」と悔しさややるせない思いを2年生のなりの言葉で伝えていました。
 2時間近く経ち、そろそろ夕飯の時間。近寄ってみると突然「いいよ、あげる」とその場をあとにしたTくん。彼の表情からはたくさんの悔しさや我慢が読み取れ、思わず抱きしめました。「本当は持って帰りたかった、でもこのままだとせっかくのサマーが終わっちゃうから…」と私の腕の中で我慢していた気持ちが涙と一緒に溢れ出ました。その姿を見た班の仲間たちも次々に彼を包み込み、「もっとかっこいいの見つけに行こうぜ!」「ぼくのカエルあげるよ」と心優しい声が飛び交いました。その夜、目を赤く腫らして食べた夕飯は、たくさんおかわりをして、心も体もどこかたくましく見えたTくんでした。

 自分の想いを押し殺し、話し合いの最後に見せた優しさは、なかなかできることではありません。やっと見つけたクワガタを持って帰れる、という目先の気持ちよりも、サマースクールを楽しみたい気持ちを思い出し、この時間がもったいない、と感じたのでしょう。また話し合いで感じた多くの気持ちが、Tくんの心を一回りも二回りも成長させ、「また来年きて、見つける!」と次へ踏み出す前向きな強さとなりました。

 人と生きることは思い通りにならないことばかりですが、時にはぶつかって理解しあっていくことで得られるものや成長するきっかけが多くあります。壁を乗り越える経験を積んでこそ、大人になったときに簡単には折れない心や生き抜く力を育てていけるはずです。
 花まるのサマースクールだからこそ、多くの経験ができ、一回りも二回りも大きくなって帰ってきます。この夏、サマースクールで子どもたちと会えるのを楽しみにしております。

 

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