こころと頭を同時に伸ばす 幼児期の子育て11
今年度最後のコラムですね。
2019年度は私にとって、たくさんの新しい子どもたちと出会う機会がありました。
保育園や、公立小学校などでの出張授業に、定期的に出向くことが増えたからです。
「その子が本来持っている、よい芽を伸ばす」視点を、保育士さんや担任の先生方と共有していくことで、クラスがどんどん変わっていく。
そのお話は別の機会に置いておいて、今回は、いつも私が子どもたちと接するときに当たり前にしているけれど、驚きを持って質問されることをお話ししたいと思います。
「敬語を使うのですね?」
「子どもたちに『~してもいいですか?』と聞かれますね」
…これらは授業後に、その場にいた大人たちからよく寄せられる感想です。
花まるでは子どもたちに、「~しなさい」というような言い方をすることはありません。
彼らは、体は小さいですが、感情と意思を持った一個の人間です。
できないことはあるかもしれませんが、劣った存在ではなく、対等な人間なのです。
大人相手に伝えるのと同じように、「~してもらってもいいですか?」または、「(先生が)~してもいいですか?」と聞くのです。
命令ではなく、お願いです。
仕事で誰かに何かを頼むときも、同じでしょう。
するかしないかは、相手にゆだねて、決める余地は残す。
彼らが「いいよ!」と言ってくれたなら、「ありがとう」と伝えます。
このマインドは、彼らが何か困ったことがあったときにも、「あなたはどうしたいんですか?」と、まずは自分の気持ちを表現する機会を与えることにもつながってきます。
相手の人格を尊重する。
そうやって、小さなことですが毎回の会話の積み重ねで、子どもたちは、あなたを、対等に話ができる( =信頼のおける)人だと認識します。
彼らは、信頼のおける大人には、自分もその信頼に足る自分であろうとふるまうものです。
子どもを、子ども扱いしないこと。
子どもの人格を見つめ、それをちゃんと知ろうとすること。
仕事相手や大切な友人と接するのと同じように、子どもにも対等に接すること。
「子どもはおとな」だと思って接してみる。
この姿勢を忘れなければ、彼らとのコミュニケーションはうまくいきます。
それはつまり、私たちが、子どもたちの信頼に足る大人になる、ということなのです。
ある日の保育園での授業にて。
「切手を貼って送ることができる作品」を制作したあと、郵便の仕組みについてお話ししていたら、最後の鑑賞会(子どもたちと作品についての意見をことばにして伝え合う時間)で、ある子に、「川に流したら、届くんだね」とまじめな顔で質問されたので、「う~ん。確かにこの作品は水に浮かぶから、川や海に流したら、きっといつか誰かには届くと思うんだけれど、住所と切手がなかったら、届けたい相手には届かないと思うんだ」と答えました。
この時、その場にいた大人たちの間では笑いが沸き起こったのですが、私は、ちゃかすのではなく、まじめさにはまじめさで応えることが、あの時の彼女の問いへの真摯な対応だったと信じています。
本当に、かわいくて素敵なコメントでしたけれど。
井岡 由実(Rin)
国内外での創作・音楽活動や展示を続けながら、 「芸術を通した感性の育成」をテーマに「ARTのとびら」を主宰。教育×ARTの交わるところを世の中に発信し続けている。著書に『こころと頭を同時に伸ばすAI時代の子育て』 (実務教育出版)ほか。