【高濱コラム】『無人島魂』2020年5月

【高濱コラム】『無人島魂』2020年5月

大震災・津波・原発事故の際、 「こんなことが、本当に起こるのだな」と衝撃を受けて10年も経たないうちに、我々は地球規模のパンデミックを経験することになりました。
病や自粛による経済的打撃などで苦しんでこられたみなさまに、お見舞い申し上げます。
そして、突然の24時間家族同居で、ストレスを感じながらも頑張ったみなさま、本当にお疲れ様でした。

「大きな疫病の流行のあとは文明が変わる」と聞いたことがありましたが、まさに、わかってはいたけれど変わりきれなかった人間世界の様々な課題について、今回のウイルスは改革を迫り、新しい景色を見せ続けています。
テレワークに始まり、 脱ハンコ・オンライン診療・オンライン授業・満員電車からの解放…。

『シン・ニホン』の安宅和人さんではありませんが、都市という密集・高層化・密閉・密接を目指してきた大きな流れが、変わるかもしれません。
例えば、ネパールの首都カトマンズがロックダウンで空気がきれいになり、近代史上で初めて遠くのエベレストが観察できたというニュースを聞くと、環境を汚すことには多少目をつぶりながら、経済的に豊かになることを至上命題として疑わなかったこれまでを振り返り、急に進路変更できなくとも、 少なくとも今後は「本当はどっちが良いのだろう」と迷う人が増えることにはなるでしょう。

働き方なども、間違いなく激変するもののひとつではないでしょうか。
テレワークでも可能、どころか通勤時間の削減に加え、飲み会などが無くなって仕事が捗るし、家族と触れ合う時間が増えたのは幸せだと語る人も増えました。
今後は、東京で大企業に籍を置きながら例えば長野県に住んで、副業で少し農業、大自然の中で子育てをしながらの「半農半サラ」というような新しい働き方が出てくるかもしれません。

この世界観の変容は、私自身にも起こりました。
子どものためには「親の安心」が肝要と見定めて、信じて、20年以上にわたって、年間 100 〜 150 回くらいは講演会に駆けずり回ってきました。
100 人のこともあるし 1000 人のこともありますが、まあ1年間に 3 〜 5 万人の前で話し続けたわけです。
朝は猛ダッシュで家から飛び出し、時には空港に前泊しながら。
ところが、今回の件で「外出自粛期間に親だからできること」という演題で YouTube講演を行ったところ、3 日間で二万回以上の視聴がありました。
夫婦で観たとか家族で観たという方もいらしたので、のべ 3 万人以上の方の目に触れたことでしょう。
たった一回90分で、一年分!今まで何をあくせく移動していたのか。
忙しい忙しいと酔っていただけなのか、という気さえしています。
ライブで見損ねた方が夜や空いた時間に観てくださっているようですが、その点でも便利です。
家の中ならば夫婦そろっての視聴もしやすい。
間違いなく今後の講演の主力は、オンラインになるでしょう(リアルも捨てがたい空間の共有感などはあるのですが) 。

事前のアンケートも、重みを感じました。
みんないっぱいいっぱい、という感じ。
「とにかく勉強を教えることが難しいです。無理!と諦めたくなります。親だと甘えが出て、10分も集中できません。子どものできないところばかり気になります。できない上にふざける態度に、更に腹が立ち…、言ってはいけない言葉も、普段は我慢できても我慢できない自分がいます」
「私の対応が悪いのか、すべてが上手くいかないような気がします。時間があるようでまったくない気がします。日々子どもの勉強に関わるといやになります」
「こちらは、仕事の合間に短時間で終わらせたいのに、本当にイライラする」
「年長の男の子ですが、一緒に遊ぼーっと誘われるのですが、生後半年の赤ちゃんもいる私は余裕がなく、構いたくないと思って断ってしまう」
もちろん、この機会で家族が結束し幸せを感じるというものも、少数ありはしましたが、多くは不安定で苛立ち、平常心でいられない気持ちを書いておられました。
一通一通が重く、 「このメッセージに応えないとな」という気持ちばかりが空回りして、正直、作り上げるのに時間がかかりました。

しかし終わってみると、たくさんの熱い感想をいただきました。
その中で反響が大きかった話題を一つだけ書きます。それは、無人島魂ともいうべき、ものの見方です。

何かを失うと人は、そこに気を取られて「手にしている価値」が見えなくなる。
例えば A 完全な手つかずの無人島、B 廃校や井戸の飲み水設備は残っている無人島、C 都会があったとして、C に住んでいた人が、船が転覆して B の島に流れ着いたとする。
せっかく命も助かっているし、そこで「Aで過ごすことと比べたら、雨露はしのげるし水もある。頑張るしかない。よし、家族手分けして食料を確保しよう」と前向きに生きられればよいのですが、往々にして「あーあ、C は良かったな、電気もあったしコンビニもあったし」と、 「喪失したもの」にこだわって嘆いて過ごすだけになってしまうのです。

幸不幸は、心の期待値が決めます。
まったく同じ状況で、 「失くしたもの」に気を取られるのか「あるもの」に目を向けて、 「その条件下のベストをつくす」ことに全力をつくすのか。
もちろん後者だし、他にやることはないですよね。

そういう視点で、今の日本の「あるもの」を見れば、まったく落ち込むことはないでしょう。
蛇口をひねれば飲み水は出る、空気も思い切り吸える、コンビニやスーパーを拠点に、物流も頑張ってくれていて飢え死にすることはない。
世界に誇る優秀で献身的な医療関係者がいる。
ロックダウン無しで、自粛と呼びかければ一致団結できる稀有な国民性、結果として欧米に比べての致死率の圧倒的低さ…。
もっともっと自信を持ってよいはずです。

「あるもの」 の究極は、 子どもの存在でしょう。
例え上記のモロモロの財産が無かったとしても、この存在があればこそ、生きる力をもらえる比べようのない宝物とともにいられるありがたさ。
例えば彼や彼女が生まれていなかったと想像してみたら…。

言うことをきかなかったり、 やかましかったり、親として思うようにできない様々な壁に直面したりと、イライラも悩みもある。
けれども、このかわいい寝顔のある世界は、なんと輝いていることでしょう!
ぬくもりと重みがあり、笑顔があり、元気な姿を見せてくれることは、なんと幸せなことでしょう。

もうひとつ注意しなければならないのは、「他人との比較」です。
こういう話を聞いたことがあります。
とても貧しい村があったが、村人は仲良く暮らしていた。
ところが、経済的にうるおい出してから、争いが増えた。
貧困時代より間違いなく全員が豊かになったのに。
それはなぜかというと、 「自分よりもうかっている人」へのこだわりが原因なのだった…。

幸せも不幸せも、自分の心が決めます。
その上で心穏やかに生きるコツは、 「あるもの」を見つめること、そこに感謝すること、そして「人と比べない」ということなのではないでしょうか。

まだまだ一里塚。
みんなで声を掛け合い、助け合いながら、乗り越えていきましょう。

花まる学習会代表 高濱 正伸


著者|高濱 正伸

高濱 正伸 花まる学習会代表、NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長、算数オリンピック委員会作問委員、日本棋院理事。1959年熊本県生まれ。東京大学卒、同大学院修了。1993年、「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、「花まる学習会」を設立。「親だからできること」など大好評の講演会は全国で年間約130開催しており、これまでにのべ20万人以上が参加している。『伸び続ける子が育つお母さんの習慣』『算数脳パズルなぞぺ~』シリーズ、『メシが食える大人になる!よのなかルールブック』など、著書多数。

高濱コラムカテゴリの最新記事